2015年光文社文庫

IMG_20250112_095910

 第16回日本ミステリー文学大賞の新人賞に輝いた社会派本格ミステリー。
 「はまなかあきら」と読む。

 「社会派」と言えるのは、高齢者介護問題がテーマになっているからである。
 高齢の親の介護を抱え、心身ともに行き詰った息子や娘たち。
 お金があれば、介護付きの有料老人ホームに入れて厄介払いする負担を軽減することができる。
 その余裕がなければ、介護保険を利用していろいろなサービスを導入して、なんとか回していくしかない。
 しかし、介護保険でできることには限界があり、利用者が払うのは1~3割相当分とはいえ、たくさんのサービスを使えば月々の費用は馬鹿にならない。

 たとえば、介護保険を使って入れる介護老人福祉施設(いわゆる特養)の場合、一番重い要介護5の人の施設サービス費は、1割負担で月々25,410円(多床室)まで抑えられる。
 しかし、これに居住費と食事代が必ず付く。一日当たり2,300円、月々70,000円は取られる。
 プラス理美容代や娯楽費などの日常生活貨約10,000円が加算される。
 結局、毎月10~12万円の入居費用がかかる。
 しかも、医療費は別である。
 年金がこの額を上回る親あるいは十分な貯蓄のある親ならばよいが、そうでなければ、負担は子供世代にかかる。
 低所得者層にとっては、死活問題である。
 かといって、働いている子供が、親と同居して介護するのはたいへんである。
 とりわけ、親が認知症を発症していて、常時の見守りが必要な場合、その苦労は並大抵ではない。
 介護保険サービスでは到底カバーできない。

 そういったケースにおいて、子供が親を、あるいは夫が妻を、虐待し殺害する事件が後を絶たない。いわゆる、介護殺人である。
 本作の真犯人は介護職の人間で、介護殺人すれすれの数多くの悲惨な現場を見ているがゆえに、「善意から」要介護高齢者を殺害していく。自然死に見せかけて。
 親が殺されたことを知らない息子や娘たちは、悲しみの一方で、内心「救われた」と思い、重い荷物を取り除かれて、新しい人生を始めていく。
 一人暮らしのある老女は、ホームレスにならないために、万引きを繰り返す。
 捕まって刑務所に入れば、三食出て、風呂にも入れて、病気も診てくれる。光熱費もかからない。見守りもあるから安心だ。
 刑務所を無料の老人ホームとして利用しているのである。
 犯人の真の動機=作者の狙いは、このような社会状況に一石を投じるためであった。
 社会派と冠される所以はここにある。

 一方、本格派である所以は、連続殺人事件があり、捜査官たちの推理があり、驚きのトリックが仕込まれているからである。
 とくに、統計学とコンピュータを駆使した推理は初めて接したが、興味深い。
 いわば、IT的安楽椅子探偵である。
 トリックについては、まんまと引っかかった。
 介護殺人というテーマがあまりに重く、またケアマネである自分にとって身近な問題でもあるので、トリックが仕掛けられている可能性を考える余裕がなかった。

digital-marketing-1433427_1280
AS PhotograpyによるPixabayからの画像

 社会派ミステリーと本格ミステリーという、一見水と油のような二つのジャンルを見事に融合させた秀作である。
 同じ介護殺人を扱った久坂部洋著『介護士 K 』(角川書店)より、テーマが明確に打ち出されており、よくできている。




おすすめ度 :★★★

★★★★★
 もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損