2023年アメリカ
180分

オッペンハイマー

 原爆開発を目的とするマンハッタン計画の主導者にして「原爆の父」と呼ばれたJ.ロバート・オッペンハイマー(1904-1967)の半生を描いた伝記映画。
 第96回アカデミー賞において、作品賞、監督賞、主演男優賞、助演男優賞などを受賞した。

 多くの人にとっては、難しすぎる映画と思う。
 主たる時間軸が3つあり、以下の3つの物語が入れ替わり立ち替わり語られるので、話が錯綜して分かりにくい。
  1. オッペンハイマーの半生を振り返る物語・・・・病的な学生時代~著名な物理学者らとの出会い~理論物理学者として有名になる~マンハッタン計画に参加~広島・長崎原爆投下~罪悪感に襲われる
  2. 1954年オッペンハイマー事件・・・・赤狩り時代、政治家ルイス・ストローズの策謀によりソ連のスパイと疑われ、聴聞会にかけられ、公職追放となる。
  3. 1959年の連邦議会の公聴会・・・・ルイス・ストローズが閣僚として適正か否かを審議する公聴会が開かれ、結果不適格とされる。
 2番目の物語はひと昔前の家庭用ビデオのような粗い画質のカラー映像、3番目の物語はモノクロ映像と、画質に違いがあるので、注意深く見れば異なる時代の異なる物語が並行して語られているのだと気づくことはできる。
 が、ある程度の事前知識がないと、2と3の場面は何をやっているのか見当がつかない。
 アメリカ人の知識層なら、2のオッペンハイマー事件や3の公聴会の制度について知る人も多いのだろうが、そうでなければ話についていくのは難しい。
 そのほかにも、この映画を十分に理解するにはかなりの知識が要る。
 現代物理学史や有名な物理学者のプロフィール(アインシュタイン、ハイゼンベルク、ニールス・ボーアが登場)。
 第二次世界大戦の推移(とくに日米戦)。
 マンハッタン計画と広島・長崎原爆投下。  
 米ソ冷戦と核開発競争。
 赤狩り、FBI、アメリカの政治制度。
 
 ソルティは2回見てやっと全体像を理解することができた。
 悪い映画ではないが、これがアカデミー作品賞受賞ってどうなんだろう?
 あまりに大衆から離れ過ぎていやしないか?
 アメリカの観客の何%が、この映画を一度見ただけで理解できたのか、気になるところである。
 評価の高さの背景として、ロシア×ウクライナ戦争とイスラエル×ハマス戦争の勃発が、核戦争に対する全米の危機感を煽ったことが大きかったのではなかろうか。 
  
 もちろん、質は高い。
 クリストファー・ノーランの映像はいつもながら美しい。
 役者の演技も一級である。
 オッペンハイマー役のキリアン・マーフィーは、アカデミー主演男優賞も納得の繊細な演技。広島・長崎原爆投下の被害状況を知ってから、がらりと顔つきを変えている。
 野心に満ちた成り上がり者ルイス・ストローズを演じるロバート・ダウニー・Jr.も、助演男優賞納得の好演。オッペンハイマーV.S.ストローズは、いわば、モーツァルトv.s.サリエリみたいな関係だろうか。凡庸な人間が天才に抱く賞賛の念と嫉妬と劣等感が表現されている。
 ほかにも、マット・デイモン、ジョシュ・ハートネット、ラミ・マレック、トム・コンティ(アインシュタイン役)、ケネス・ブラナー(ニールス・ボーア役)、ゲイリー・オールドマン(トルーマン大統領役)など、主演級のベテラン役者が出演している。
 これらの役者の凄いところは、それぞれが演じている人物になりきって、役者自身の地が目立たないところである。
 高度のメーキャップ技術のせいもあろうとは思うが、マット・デイモンやケネス・ブラナーやトム・コンティやゲイリー・オールドマンなどは、最後まで本人と気づかなかった。
 日本の俳優は、「なにをやっても〇〇〇(名前が入る)」という人が結構多い。石原裕次郎とか吉永小百合とか笠智衆とか木村拓哉とか。
 海外の俳優はどれだけスターになって顔が売れても、いったん芝居となるとスター性を引っ込めて役になりきるところがプロってる。(トム・クルーズやブラッド・ピットは例外か)

 「原爆の父」となったオッペンハイマーはのちに罪悪感に苦しめられたらしい。
 だが、オッペンハイマーがやらなければ、誰か別の科学者が原爆を開発したのは間違いない。
 アメリカがやらなければ、どこか別の国(ソ連か?)が原爆をどこかの国に投下し、その効果を確かめたであろう。
 また、日本がポツダム宣言受諾を拒否し続けたことで、みずから原爆の悲惨を招いてしまったことも否定しようのない事実である。
 日本人にとっての悲劇は、唯一の被爆国となったという歴史的事実について、単純にアメリカばかりを責められないという点にある。
 
原爆ドーム





おすすめ度 :★★★

★★★★★ 
もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損