2019年フランス
93分
『世界の果てまでヒャッハー!』(2015)、『アリバイドットコム2 ウェディング・ミッション』(2023)で、コメディメイカーとしての力量を証明し続けているフィリップ・ラショー監督。
ソルティもすっかりファンになった。
間違いなく、いま世界で一番笑わせてくれる映画監督である。
ラショーは、北条司作画『シティーハンター』の大ファンであるらしく、映画化するのが夢だったという。
もちろん、主役の冴羽獠を演じるのはラショー自身である。
舞台をフランスに移し、冴羽獠ならぬニッキー・ラーソンの名で、もっこり活躍している。
ソルティが『シティハンター』を読んでいたのは、はるか3、40年むかし――そんなになるのか!――つまりリアルタイムで読んでいた世代なので、原作をまったく覚えていない。
どうも『キャッツ♥アイ』と混戦している。
なので、本作がどれくらい原作にもとづいているのか分からない。
当時流行ったDCブランド風のジャケットに細目のパンツ、無類の女好き(エロ好き)というキャラクターはそのまま踏襲しているようだが。
時代の要請か、さすがに“もっこり”そのものを示すシーンはなかった。
本作は、『シティハンター』=冴羽獠の香りを漂わせるラショーのオリジナル作品ととらえるほうがいいと思う。
ラショーの見事な脚本と冴えた演出とずば抜けた演技力あってこその面白さだからだ。
実際、家で一人きりで映画を観ていて爆笑するなんて滅多ないことを、この作品は可能にしてくれる。
バカリズムももっとラショーから学んでほしい。
ラショーのコメディセンスの冴えの一端を紹介したい。
冒頭シーンで、ラショー演じるニッキー・ラーソンと敵役のファルコン(海坊主)は美容外科のクリニック内で大立ち回りする。
麻酔をかけられた手術中の男が真っ裸でベッドに横たわっている両脇で、二人は激しいバトルを繰り広げる。
バトルのあおりを喰らって、患者の男を乗せたベッドは窓を突き破って街路に飛び出してしまい、ちょうどクリニックの前を通過していたバスのフロントに乗り上げてしまう。
そのバスに乗っていたのは修道尼たちであった。
修道尼と裸の男の組み合わせ。
聖と俗の対比から笑いを生み出す。
これは洋画で昔からあるお笑いを引き出す一つの型である。
フィリップ・ド・ブロカ監督『まぼろしの市街戦』(1966)でもそういったシーンがある。
裸の男を目の前にした修道女たちは、目を丸くして驚き、各人各様の反応を示す。
ここまでは昔のコメディ映画の演出と変わらない。
と、バスの奥のほうに座っていた若い修道尼がスマホを取り出して、写メを撮る。
カシャッ!
いっせいに振り返って彼女を非難の目で見る他の修道女たち。
現代風である。
ここまではおそらく、三谷幸喜やバカリズムでもできるだろう。
ラショーがすごいのは、そこからもう一捻りするところ。
若い修道女にこう言わせるのだ。
「わかったわよ、あとでシェアするから」
本作は、肌にスプレーすると、その匂いを嗅いだ相手が香りの主にメロメロになってしまう、いわゆる惚れ薬が物語の鍵をなしている。
薬の効果を信じようとしないニッキーを納得させるために、薬の持ち主兼依頼者の中年オヤジは自らの体に媚薬をスプレーし、ニッキーに匂いを嗅がせる。
すると、無類の女好きであるはずのニッキーが、目の前の中年オヤジにメロメロになってしまう。
つまり、ニッキー=冴羽獠は、なんと男に“もっこり”してしまう。
ニッキーは中年オヤジとのさまざまな恋愛シチュエイションを妄想し、デートに誘う。
つまり、ホモネタ満載なのである。
LGBTQの人権が唱えられる昨今、コメディで扱うにはなかなか難しい素材なのだが、当事者の一人(ゲイ)であるソルティが観ていてもイヤな気はしない。
とんねるず&フジテレビの保毛尾田保毛男(ほもおだほもお)にくらべれば、全然セーフである。
これはやはりフランス人であるラショーの根本的な人権感覚の反映なのだと思う。
そのネタがマイノリティである当事者を「馬鹿にしているか」「下に見ているか」「憐れんでいるか」「差別しているか」、大方の当事者は敏感に察するものなのである。
とんねるずは、明らかに男性同性愛者を下に見て、馬鹿にして、笑いを取ろうとしていた。
ラショーは、同性愛もまた異性愛と変わらぬ愛のあり方なのだと示すべく、中年オヤジに袖にされた(相手はヘテロなので仕方ない)ニッキーの失恋シーンをご丁寧にも描き出す。
その悲哀と笑いの絶妙なバランスは、とんねるずがこの先50年かけても身に付けられないものである。
たぶん、原作者である北条司にもまたこの芸当はできないと思う。
ラショー監督は、冴羽獠の人間的デカさをさらに押し広げることに成功したのである。
おすすめ度 :★★★★
★★★★★ もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★ 面白い! お見事! 一食抜いても
★★★ 読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★ いい退屈しのぎになった
★ 読み損、観て損、聴き損
93分
『世界の果てまでヒャッハー!』(2015)、『アリバイドットコム2 ウェディング・ミッション』(2023)で、コメディメイカーとしての力量を証明し続けているフィリップ・ラショー監督。
ソルティもすっかりファンになった。
間違いなく、いま世界で一番笑わせてくれる映画監督である。
ラショーは、北条司作画『シティーハンター』の大ファンであるらしく、映画化するのが夢だったという。
もちろん、主役の冴羽獠を演じるのはラショー自身である。
舞台をフランスに移し、冴羽獠ならぬニッキー・ラーソンの名で、もっこり活躍している。
ソルティが『シティハンター』を読んでいたのは、はるか3、40年むかし――そんなになるのか!――つまりリアルタイムで読んでいた世代なので、原作をまったく覚えていない。
どうも『キャッツ♥アイ』と混戦している。
なので、本作がどれくらい原作にもとづいているのか分からない。
当時流行ったDCブランド風のジャケットに細目のパンツ、無類の女好き(エロ好き)というキャラクターはそのまま踏襲しているようだが。
時代の要請か、さすがに“もっこり”そのものを示すシーンはなかった。
本作は、『シティハンター』=冴羽獠の香りを漂わせるラショーのオリジナル作品ととらえるほうがいいと思う。
ラショーの見事な脚本と冴えた演出とずば抜けた演技力あってこその面白さだからだ。
実際、家で一人きりで映画を観ていて爆笑するなんて滅多ないことを、この作品は可能にしてくれる。
バカリズムももっとラショーから学んでほしい。
冒頭シーンで、ラショー演じるニッキー・ラーソンと敵役のファルコン(海坊主)は美容外科のクリニック内で大立ち回りする。
麻酔をかけられた手術中の男が真っ裸でベッドに横たわっている両脇で、二人は激しいバトルを繰り広げる。
バトルのあおりを喰らって、患者の男を乗せたベッドは窓を突き破って街路に飛び出してしまい、ちょうどクリニックの前を通過していたバスのフロントに乗り上げてしまう。
そのバスに乗っていたのは修道尼たちであった。
修道尼と裸の男の組み合わせ。
聖と俗の対比から笑いを生み出す。
これは洋画で昔からあるお笑いを引き出す一つの型である。
フィリップ・ド・ブロカ監督『まぼろしの市街戦』(1966)でもそういったシーンがある。
裸の男を目の前にした修道女たちは、目を丸くして驚き、各人各様の反応を示す。
ここまでは昔のコメディ映画の演出と変わらない。
と、バスの奥のほうに座っていた若い修道尼がスマホを取り出して、写メを撮る。
カシャッ!
いっせいに振り返って彼女を非難の目で見る他の修道女たち。
現代風である。
ここまではおそらく、三谷幸喜やバカリズムでもできるだろう。
ラショーがすごいのは、そこからもう一捻りするところ。
若い修道女にこう言わせるのだ。
「わかったわよ、あとでシェアするから」
本作は、肌にスプレーすると、その匂いを嗅いだ相手が香りの主にメロメロになってしまう、いわゆる惚れ薬が物語の鍵をなしている。
薬の効果を信じようとしないニッキーを納得させるために、薬の持ち主兼依頼者の中年オヤジは自らの体に媚薬をスプレーし、ニッキーに匂いを嗅がせる。
すると、無類の女好きであるはずのニッキーが、目の前の中年オヤジにメロメロになってしまう。
つまり、ニッキー=冴羽獠は、なんと男に“もっこり”してしまう。
ニッキーは中年オヤジとのさまざまな恋愛シチュエイションを妄想し、デートに誘う。
つまり、ホモネタ満載なのである。
LGBTQの人権が唱えられる昨今、コメディで扱うにはなかなか難しい素材なのだが、当事者の一人(ゲイ)であるソルティが観ていてもイヤな気はしない。
とんねるず&フジテレビの保毛尾田保毛男(ほもおだほもお)にくらべれば、全然セーフである。
これはやはりフランス人であるラショーの根本的な人権感覚の反映なのだと思う。
そのネタがマイノリティである当事者を「馬鹿にしているか」「下に見ているか」「憐れんでいるか」「差別しているか」、大方の当事者は敏感に察するものなのである。
とんねるずは、明らかに男性同性愛者を下に見て、馬鹿にして、笑いを取ろうとしていた。
ラショーは、同性愛もまた異性愛と変わらぬ愛のあり方なのだと示すべく、中年オヤジに袖にされた(相手はヘテロなので仕方ない)ニッキーの失恋シーンをご丁寧にも描き出す。
その悲哀と笑いの絶妙なバランスは、とんねるずがこの先50年かけても身に付けられないものである。
たぶん、原作者である北条司にもまたこの芸当はできないと思う。
ラショー監督は、冴羽獠の人間的デカさをさらに押し広げることに成功したのである。
おすすめ度 :★★★★
★★★★★ もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★ 面白い! お見事! 一食抜いても
★★★ 読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★ いい退屈しのぎになった
★ 読み損、観て損、聴き損