2010年ハヤカワ・ポケットミステリーブック

IMG_20250218_081031~2

 早川書房が1972年から1973年にかけて刊行した『世界ミステリー全集』の第18巻「37の短編」の中から、以下の12編を選んだアンソロジー。
  1. クレイグ・ライス 『うぶな心が張り裂ける』(小笠原豊樹訳)
  2. ヘレン・マクロイ 『燕京綺譚』(田中西二郎訳)
  3. カータ・ディクスン 『魔の森の家』(江戸川乱歩訳)
  4. ロイ・ヴィカーズ 『百万に一つの偶然』(宇野利泰訳)
  5. Q・パトリック 『少年の意志』(北村太郎訳)
  6. ロバート・アーサー 『51番目の密室』(宇野利泰訳)
  7. E・A・ポー&R・ブロック 『燈台』(吉田誠一訳)
  8. コーネル・ウールリッチ 『一滴の血』(稲葉明雄訳)
  9. ロバート・L・フィッシュ 『アスコット・タイ事件』(吉田誠一訳)
  10. リース・デイヴィス 『選ばれた者』(工藤政司訳)
  11. エドワード・D・ホック 『長方形の部屋』(山本俊子訳)
  12. クリスチアナ・ブランド 『ジェミニイ・クリケット事件』(深町真理子訳)
 編集方針からおおむね1950年以降の作品に限られているので、ポーやドイル、チェスタトンやクリスティやクイーンなどミステリー黄金時代以前の作品は含まれていない。
 そんななかで、ディクスン・カーの『魔の森の家』(1947)、クリスチアナ・ブランドの『ジェミニイ・クリケット事件』(1968)の2編が、黄金期ミステリーの香気を伝える傑作短編として、他の10編を数馬身ひきはなす独走状態にある。
 『燈台』は、エドガー・アラン・ポーの未完作品(1849年執筆と推定)をブロックが補完したものというので期待して読んだが、内容にも文章にも“ポーらしさ”を感じとることができず、がっかりであった。
 ホームズ物のパスティーシュである『アスコット・タイ事件』も凡作で、これならジューン・トムスンのいくつかの短編のほうがずっと面白い。

 選者の石川喬司がどういったスタンスで選んだかが、巻末収録の稲葉明雄、小鷹信光との座談会で明らかにされているが、ソルティはこの選には疑問を覚えざるをえなかった。
 いくら黄金期を過ぎたからと言って、もっとほかに面白い短編があるだろうに。
 この12編によって、これまでミステリーを読んだことがない人にミステリーの面白さを知ってもらい、ミステリーの虜にさせるのは甚だ難しいと思う。
 あるいは、このアンソロジーが組まれたのは1973年。50~60年代はミステリー不毛の時代だったのか?

african-boerboel-2138273_1280
Reinout DujardinによるPixabayからの画像

 カーとブランドの2トップを除いて、もっとも面白かったのは、『百万に一つの偶然』。
 これは犯人を突き止める“手がかり”が秀逸で、これだけユニークなものはちょっと聞いたことがない。
 タイトルがいま一つ。
 ずばり、『マスチフ犬の思考形式』で良かったのでは?
 ――と思ったが、それを本の表題にしたら、犬の飼育マニュアルと間違って購入する客が続出したかもしれない。

 次に面白かったのは、『長方形の箱』。
 これは殺人の動機が変わっている。
 一見あり得なさそうで、「事実は小説より奇なり」の世の中では現実にあってもおかしくはない話。
 その虚構の絶妙なさじ加減、驚きとブラックジョークのバランス加減が上手い。

 巻末の座談会を読んで思ったのは、ミステリーの評価や好みは人によって実に多様であるということ。
 本格ミステリーが好きな人、スパイ物を好む人、ハードボイルドを愛する人、サスペンスやアクションが無くてはつまらないという人、猟奇的な描写に痺れる人、社会派のリアリティを評価する人、歴史物が苦手な人・・・・いろいろだ。
 だから、一人の選者によるアンソロジーは当然、嗜好が片寄りがちになる。
 ソルティが選んだら、たぶん、本格ミステリーばかりになってしまうだろう。
 読者投票によるランク付けで掲載作品を選ぶという趣旨でない限り、読者個々が不満を感じてしまうのは致し方ないことなのかもしれない。
 やはり、選者の労をねぎらうべきである。




おすすめ度 :★★★

★★★★★
 もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損