奈良大学のスクーリングを終えた翌日、奈良と京都の仏像巡りをした。
奈良
興福寺 国宝館・中金堂
東大寺 戒壇堂・法華堂
京都
六波羅蜜寺

8時半、猿沢池より出発

三重塔
興福寺最古の建物
興福寺と東大寺は、1180年(治承4)平重衡による南都焼き討ちで、主要な建築物と仏像のほとんどを焼失した。三重塔もそれ以後の再建である。

国宝館

興福寺中金堂
平成30年(2018)に創建当時の様式で復元された。
ここの四天王像は、もとは北円堂にあったという説がある。とすれば、運慶の4人の息子(湛慶・康運・康弁・康勝)の作となるが・・・。
ときに、最後に訪れた30年以上前(昭和時代)、興福寺は鬱蒼とした森の中にあった記憶がある。夜間は恋人たちのハッテン場で、それを目的としたデバ亀の出没区域だった。すっかりイメージ刷新していた。

奈良公園の鹿
外国人観光客にはたまらない魅力らしい

8時半、猿沢池より出発

三重塔
興福寺最古の建物
興福寺と東大寺は、1180年(治承4)平重衡による南都焼き討ちで、主要な建築物と仏像のほとんどを焼失した。三重塔もそれ以後の再建である。

国宝館
- 白鳳時代の銅造仏頭と、鎌倉時代の木造仏頭(運慶作)の比較が楽しい。
- 5mを超える千手観音菩薩立像と、80cm弱の天燈・龍燈鬼立像の迫力対決。
- 何と言っても、天平時代の十大弟子像(現存は6体)と八部衆像が素晴らしい! 有名な阿修羅像もよいが、その隣の沙羯羅(さから)少年の可愛いこと! 小津監督『お早う』に出てきた島津雅彦君を想起した。

興福寺中金堂
平成30年(2018)に創建当時の様式で復元された。
ここの四天王像は、もとは北円堂にあったという説がある。とすれば、運慶の4人の息子(湛慶・康運・康弁・康勝)の作となるが・・・。
ときに、最後に訪れた30年以上前(昭和時代)、興福寺は鬱蒼とした森の中にあった記憶がある。夜間は恋人たちのハッテン場で、それを目的としたデバ亀の出没区域だった。すっかりイメージ刷新していた。

奈良公園の鹿
外国人観光客にはたまらない魅力らしい

東大寺南大門
1203年(建仁3)に竣工した
金剛力士・阿形像
像内の納入経奥書には、作者として運慶と快慶の名がある

金剛力士・吽形像
定覚と湛慶の共作と伝わる
圧巻の風格である
平重衡の焼き討ちがなければ、この傑作は誕生しなかったと思うと、皮肉である。

戒壇堂
東大寺に行って大仏殿に行かなくなれば、観仏マニアも中級である。
美術史的見地では、戒壇堂にある四天王立像こそ見逃せない。
天平彫刻の傑作。
頑固親父たちの貫禄あるたたずまいと険しい表情にしびれる。
とりわけ、広目天の不敵な面構えこそ、一国のリーダーにふさわしい。

満開の桜、ではなくて雪の華

法華堂(三月堂)
南都焼き討ちを逃れた数少ない創建時の建物
本尊・不空羂索観音菩薩像をはじめ、両脇の梵天・帝釈天像、周囲を取り囲む四天王像と金剛力士像は、いずれも奈良時代作の乾漆像で、3mを超える“進撃の巨人”。
座って鑑賞することができるので、オペラグラスを手にじっくり拝仏がおすすめ。

二月堂
今年で1274回を数える修二会(しゅにえ)、いわゆる「お水取り」は、3月1日より2週間にわたって行われる。

鏡池より大仏殿を望む
外国人観光客の奈良行きの眼目は大仏様にあり、東大寺はインバウンド一人勝ちとのこと。京都や大阪に宿をとって、日帰りする人も多く、奈良はそれほど潤っていないらしい。いまこそ、ガイドブックに載っていない知られざる名所・名刹、知られざる寺宝を訪ねたいものだ。

午後は京都に移動。
京都・五条橋より鴨川と比叡山を望む
奈良より温かい。

六波羅蜜寺
- 運慶の息子・康勝作の空也上人像が有名。昔見た時は、御老体のイメージをもったが、いま見るとせいぜい30代くらいのプロポーションのいい青年像である。若き時代の康勝が、青春の空也を彫ったのである。青年らしい廉潔さと一途さが全身からほとばしっている。
- 運慶、湛慶の肖像彫刻・・・天才の名を欲しいままにした自由奔放な父親と、偉大な父を持ち工房の後継者として重責を背負った息子の人柄の違いが鮮やかに表現されている。長嶋茂雄・一茂親子を想起せざるを得なかった。
- 定朝作と伝えられる地蔵菩薩立像も見逃せない。東京の根津美術館所蔵の地蔵菩薩像(快助作)とよく似た流麗な美しさ。快助についてはまったく知られていないが、定朝の孫世代の仏師で、名前からして定朝と快慶を結ぶ輪っかなのではないか?

京都タワーに See You Again !
世界にすぐれた日本文化を実感した旅だった。