1999年実業之日本社

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 京都醍醐寺見学の折りに日野の平重衡の墓を参ったことから、本書につながった。
 平重衡の生涯を描いた歴史小説である。
 著者は1941年生まれで、『黄金流砂』で第28回江戸川乱歩賞をとっている。

 むろん、『平家物語』をベースとしており、東大寺の盧遮那大仏ふくむ南都焼討ち(1181年)という前代未聞の悪業を背負った悲劇的人物として、同情的まなざしで描かれている。
 三位の中将の位をもつ公家として品格教養あり、平清盛の血を引く平家の武将として勇猛果敢にして、敵方の源頼朝や義経にさえ一目置かれた潔さと思慮深さを備え、加えて、牡丹の花のごとき容色の持主で女性に優しい。
 光源氏のごとき、パーフェクトなキャラである。
 つまり、南都焼討ちというマイナスポイントがなければ、これ以上に近寄りがたい、理想的人物(凡夫からしたら嫌味な男)はいないわけである。
 一点の陰りをまとった人間のほうに魅力を感じるのは世の常なので、南都焼討ちこそが、平重衡を物語的に忘れ難いキャラに押し上げた要因とも言える。

 織田信長が比叡山延暦寺を焼討ちしたと聞いても、「あの神仏をも畏れぬ第六天魔王(サイコパス)ならやりかねん」とそこになんら驚きもなければ、実行者である信長に対して、心の葛藤や後悔や懺悔を期待するのは無駄と思うだけであるが、最期に法然上人に自ら受戒を請い願った重衡については、そこに罪悪感からくる様々な宗教的葛藤を想像できるぶん、仏教徒であるソルティとしては興味がひきつけられるのである。(――最近の考古学的考証では信長の比叡山焼討ちは相当誇張されているらしい)
 
平重衡
平重衡(安福寺所蔵)

 『平家物語』では、恨み骨粋に徹した南都衆徒の手に引き渡され処刑される直前、重衡は日野の地で妻の輔子と再会し、今生の別れをすることになっている。物語を聴く者、読む者の涙をそそる名場面である。
 本書では、輔子ではなく、重衡が源頼朝の捕虜下にあった鎌倉で出会った女人、千手の前との逢瀬に置き換えられている。
 『平家物語』にはいくつかのバージョンがあるというから、別バージョンからの採用なのだろうか?
 いずれにせよ、しっかりした構成と簡潔で抑制の効いた文章、タイトル通り、運つたなく散った者への慕情が横溢する歴史小説の佳品である。

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おすすめ度 :★★★

★★★★★
 もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損