1976年アメリカ
114分

 大都会の孤独なタクシードライバーが次第に狂気に陥っていくさまを描いた物語。終盤の凄まじい殺戮シーンが公開当時話題になった。

 本作で、ロバート・デ・ニーロは世界的に名を知られるようになった。
 33歳のデ・ニーロは細面のイケメンで、何より驚くのは肌の白さである。
 こんな色白だったのか!
 『ゴッドファーザー』や『アンタッチャブル』などマフィアの役が強烈だったせいかイタリア系のイメージがあったが、彼は生粋のニューヨーク生まれで、両親は北欧系なのである。

 たしかに巧い。
 完全にひとりの人格を作り上げている。
 じょじょに狂気に陥っていくさまも、緻密な演技設計と鍛錬の成果を感じる。
 何によっても癒しようのない孤独と空虚にとらわれた青年像が見事に造形化されている。
 70年代ニューヨークの夜の街の雰囲気も興味深い。 

 本作の難点は、脚本だろう。
 タクシードライバーの青年がなぜこのような孤独と空虚にとらわれているのか、なぜそこから逃避する手段として、普通よくあるように、酒や麻薬や女にはまっていないのか、全然説明されないのである。
 深夜勤務を終えた後ひとりポルノ映画を観に行くかわりに、なぜ女と遊ばないのか、なぜ酒を飲んで気を紛らわせないのか、なぜ不眠症にかかっているのか、観る者はなにも理解できないままに、彼が狂気にはまっていく姿を追うことになるので、「???」となる。
 生まれた家が属していた禁欲を旨とする宗教的バックボーンのせいかと想像しながら観ていたが、それだとポルノ映画だけOKなのが説明できない。
 この青年の抱える闇の正体はなんだろう?
 単なるサイコパスなのか?

 ――と奇妙に思いながら観終わって、ネットでいくつかの映画評を読んで、「ああ、そうか」と腑に落ちた。
 これはベトナム戦争の後遺症に悩むアメリカと一帰還兵の姿を描いた映画と解せるのであった。

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Jens JungeによるPixabayからの画像

 1976年と言えば、まさにベトナム戦争直後。
 それまで世界の勝ち組であり続けたアメリカがはじめて戦争に敗退、失意と不況が全米に広がった。
 ベトナム帰還兵の精神障害が問題となり、PTSD(心的外傷後ストレス障害)という言葉が生まれた。
 デ・ニーロ演じるタクシードライバーがベトナム帰還兵であることは、映画冒頭の採用面接シーンで言及されていた。
 それを鍵に、物語を読み解いていくべきなのであった。
 であれば、彼が酒や麻薬に手を出さない理由も理解し得る。
 酒や麻薬で廃人となった戦友をたくさん見てきたのだろう。
 女性とのコミュニケーションの年齢に釣り合わないつたなさも、レイプされる対象としての女性しか現地で見てこなかったためかもしれない。
 そして、癒しようのない孤独と空虚の原因は、生死のかかった非日常をアドレナリン・フル状態で生き抜いた人間が、ゆるい日常に戻ったときに感じる虚脱感、周囲との隔絶感のためと思えば納得がいく。もちろん、不眠症の原因も。
 不浄な街に対する彼の怒りは、「こんなアメリカを守るために俺たちは命を投げ出したのか!」というやりきれなさが高じてのものだろう。

 本作をリアルタイムで、少なくともベトナム戦争映画が盛んにつくられていた80年代くらいまでに観ていれば、すぐにそこに思い当たったであろう。
 だが、公開から半世紀がたった2025年。
 なんら前提知識のない人間が本作を観て、この物語の背景にあるものを推察するのは困難である。
 ベトナム戦争を知らない人間にしてみれば、ある一人のタクシードライバーが女に振られて狂気に陥り、少女売春をゆるす不浄な街に怒りを感じ、ランボーのごとく武装して悪者を成敗した物語、つまり、一人の宗教的サイコパスの話としか受け取れない。
 逆に、デ・ニーロがメルリ・ストリープ、クリストファー・ウォーケンと共演したマイケル・チミノ監督『ディア・ハンター』(1978)は、ベトナム戦争の壮絶な現場が、戦前のアメリカの平和な日常風景と対比的に描かれており、前提知識のない人が観ても、人間を心身ともに破壊する戦争の恐ろしさが伝わるはずである。

 本作でデ・ニーロと並んで高い評価を得たのが、当時13歳のジョディ・フォスター。
 大変な美少女ぶりに驚かされるが、それ以上に驚異的なのは演技の上手さ。
 この年齢でこの演技!
 二人の名優が共演したのは、本作が最初で最後だったのではなかろうか?
 その点で、映画ファンにとっては見逃せない一本であるのは間違いない。





おすすめ度 :★★★

★★★★★
 もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損