入学して2週間後、履修登録した科目のテキスト数冊が家に届いたとき、パラパラと中味を見て、いちばん手強そうと思ったのは『古文書学』であった。
博物館で展示されている古文書の巻き物なんかを少しでも読めたらカッコいいじゃん、と思って履修登録したのだが、あまりに内容が高度過ぎる!
『日本人の手習い 古文書入門』なんて、いかにも易し気にうたっているけれど、まったく入門レベルではない。
ソルティのようなまったくの古文書ビギナーと、このテキストが想定している読者の間には、河岸段丘のごとき数段のギャップが存在する。
とうてい読みこなせるものではない。
しかも、事前に大学から送られた科目修得試験の設題集――あらかじめ出題された5つの問題の中から、試験当日いずれか1題が出題される。つまり、5題すべての回答をあらかじめ準備して記憶しておく必要がある――を見ると、ミミズがのたくったような墨書きの文章が載っていて、「これを楷書に書き改めて解説しなさい」とある。
いやあ、無理無理、カンムリワシ(完無理ワシ)。
テキストを読めるレベルに達するためには、ほんとにほんとの初心者入門レベルから始める必要があると思い、図書館でその手の本を探し出し、他の教科の勉強をする合間に少しずつ読んできた。
4,5冊くらい読んだろうか。
とにかく、旧仮名遣いに馴れなければならないわ(たとえば「ちょうちょう」でなくて「てふてふ」)、漢字も現在は使われていない異体字が多いわ(たとえば「体」でなくて「體・躰」)、候(そうろう)文や証文独特の堅い言い回しには面食らうわ、高校の漢文の授業を思い出させる返り点(レ)や「一・二点」が必要な文章が頻繁に出てくるわ、同じ日本人が書いた文章とは思えない。
たとえ楷書で書かれていたって、読み解くのは難しい。(現代のアメリカ人やフランス人は200年前の同国人の書いた文章を難なく読める。日本人はそれができなくなってしまった。恐ろしいことだ。)
たとえ楷書で書かれていたって、読み解くのは難しい。(現代のアメリカ人やフランス人は200年前の同国人の書いた文章を難なく読める。日本人はそれができなくなってしまった。恐ろしいことだ。)
そのうえに、くずし字である。
厄介なのはくずし方は一様でなく、一つの漢字(たとえば「御」という字)にいくつものくずし方があるところ。
「一体全体、どうやったらこれを“御”と読めるの?」と思うようなものも多い。
それでも今のところ面白く学習できているのは、昔読んだコナン・ドイル作のミステリー短編『踊る人形』を思い出すからだ。
名探偵シャーロック・ホームズが、踊る人形の絵が並んでいる暗号文を、論理的思考によって見事に解読していく物語である。
ビギナー本を数冊読んだところで、「やっぱり、独学だけじゃ駄目だ。専門家から実地で習わないと進歩しない」
そう思って、ネットで古文書講座を探したところ、千代田区の日比谷図書文化館(日比谷公園内にある)で「古文書塾てらこや」なるものが開催されていた。
まずは体験講座を受けてみたら、これがなかなか面白かった。
そのまま4月からの入門コース(全5回)を申し込んだ。
いま、通い始めたところである。
驚いたのは、古文書学習はとても人気があり、受講者が多い。
一教室40名近い。
ひょっとしたら、今やっているNHK大河ドラマ『べらぼう』が江戸時代の本屋の話で、毎回くずし字満載の古文書が画面に映し出されるからなのかもしれない。
配布された古文書のテキストを先生と一緒に読んでいると、なんだか少し読めるようになった気がするのだけれど、気のせいである。せいぜい「完無理ワシ」の「完」が取れたくらいか。
ただ、古文書学習は抵抗感を解くのがまず先決で、「習うより慣れろ」が正解――ということを察しつつある昨今である。
日比谷公園
日比谷図書文化館
P.S. 実はTOPPANN(株)が古文書解読アプリ『古文書カメラ ふみのは』を開発している。スマホのカメラで解読したい古文書資料を撮影すると、コンピュータが自動的に解読してくれる。(1日30回まで無料) 精度70%という。なんたる福音! IT革命、ここにあり。