2022年原著刊行
2025年早川ポケットミステリー

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 世界中のジェイン・オースティン推しのために書かれたパスティーシュ。
 『高慢と偏見』、『エマ』、『マンスフィールド・パーク』、『分別と多感』、『説得』、『ノーサンガ・アビー』といったオースティンの代表作の主人公たちが総出演で、しかもミステリー仕立て。

 ジョージ&エマ・ナイトリー夫妻の暮らす豪壮な屋敷で開かれたハウスパーティーの最中に、招かざる客としてやって来た「あの男」が撲殺される。
 あの男――ジョージ・ウィッカムである!
 これだけで、オースティンファンは本書を手に取らずにはいられまい。

 オースティン作品のパスティーシュは、これまでに、『ベンバリー館 続・高慢と偏見』(エマ・テナント著)、『高慢と偏見 と ゾンビ』(ジェイン・オースティン&セス・グレアム・スミス著)の2冊を読んでいる。後者は、バー・スティアーズ監督の手によって映画化されたが、抱腹絶倒の面白さだった。

 オースティンの造形した登場人物は、一人一人が非常にユニークでキャラ立ちしている。
 それがパスティーシュしやすい理由であろう。
 読者にしてみれば、原典から飛び出したキャラたちのその後の活躍や関係性の変化が見られるのは無上の喜びである。
 原作から200年経って、作者の手を離れてキャラが自由に動き回る。
 まさに作家冥利に尽きることだろう。
 
 ミステリーそのものはたいした出来ではない。
 あざやかな推理や驚きのトリック、真犯人の意外性を期待していたら、肩透かしをくらうだろう。
 そもそも殺されるのがウィッカムじゃ、犯人探しにも身が入るまい(ごめんよ、リディア)。
 むしろ本作は、一種の心理ドラマとして楽しめる部分が大きい。 
 原典では結婚という”ありきたりのハッピーエンド”に終わったそれぞれのカップル(夫婦)たちのその後の関係性が殺人事件によって浮き彫りにされるあたりとか、『高慢と偏見』のフィッツウィリアム&エリザベス・ダーシー夫妻の不器用な息子ジョナサンの成長と初恋(もどき)エピソードであるとか、義兄のソドミー(男色)を受け入れられないバートラム牧師の葛藤であるとか、著者の高い文学性を感じる。

 世の中には2種類の人がいる。
 オースティンを読んだ人と、読んだことのない人だ。 




おすすめ度 :★★★

★★★★★
 もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損