1928年世界初演(英国)
1954年白水社より邦訳(菅原卓・訳)
1975年日本初演(民藝座)
2017年講談社(行方昭夫・訳)

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 サマセット・モームと言えば、日本では『月と6ペンス』、『人間の絆』などで知られる20世紀英国作家の大御所で、ひと頃はバートランド・ラッセルと並んで、その文章が大学受験の長文読解問題によく取り上げられる名文家であった。
 そのせいか、いま一つ親しみが湧かず、ソルティがこれまでに読んだのは、画家ゴーギャンの生涯を描いた『月と6ペンス』、『短編集 雨・赤毛』、スパイ小説『秘密諜報部員』、そして、大学の授業で読まされた戯曲『コンスタント・ワイフ』くらいである。
 あまり心に残るような作家ではなかった。

 しかるに、どうやらモームはゲイあるいはバイだったらしく、妻子がありながら、年下の男性秘書ジェラルド・ハックストンと長年にわたる親密な関係を続けていた。
 それを若い頃に知っていたら、もっとモームを読んで、“組合仲間だからこそわかるその符牒”を作品中に探り、孤独を癒したであろうに・・・。

 モームが21歳の時(1895年)、オスカー・ワイルドが同性愛の罪で投獄される事件が起きた。以後、モームは隠れゲイとして生きる決心をしたらしい。
 なので、そういった“徴(ケ)”を感じさせる作品――たとえば、E.M.フォスターにおける『果てしなき旅』や『モーリス』のような――を残しておらず、「ほんとうに書きたかったことを書けなかった」のではないかと思う。
 残念な話である。

 日本では小説家として知られているが、英国ではまず劇作家として有名になり、30本以上の芝居をものした。
 今も時折、英米の舞台にかかるようだが、日本でも2010年松たか子主演、2014年大地真央主演で『夫が多すぎて(Too Many Husbands)』が上演されている。
 モームの戯曲のうち、もっとも成功し、もっともスリル満点で、現代人にも訴えるところ多いのが『聖火』である。

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anna marieによるPixabayからの画像

 舞台は第一次大戦後の英国上流家庭。
 事故で下半身不随となったモーリスは、母親のタブレット夫人、美しい妻のステラ、そして献身的な看護師ウエイランドに世話されながら、明るく振る舞っていた。
 半年前に、ハンサムな弟コリンが外地から一時帰国し、一緒に住んでいた。
 ある朝、モーリスが自室のベッドで死んでいるのが発見される。
 病死の診断を書こうとするハーヴェスター医師に向かって、ウエイランドは言う。
 「これは病死も自殺でもありません。殺人です!」
 一同の悲しみが驚きに変わり、驚きが混乱に変わるなか、驚愕の事実が発覚する。
 ステラは妊娠していた・・・。

 なんとミステリー仕立てなのである。
 モーリスは絶望して自殺したのか?
 それとも、誰かが致死量の薬を飲ませたのか?
 だとしたら、犯人はだれか?
 そしてその動機は? 方法は?

 一見、平和な家庭の裏に潜む複雑な感情模様。
 賢明で礼儀正しい人々の隠された過去や満たされぬ欲望。
 モーリスの死をきっかけに、それらが陽のもとに暴き出されていく。
 第2幕から先は、アガサ・クリスティのミステリーがごとく、ページをめくる手が止まらない。
 強烈なスリルとサスペンス。
 ついに犯人がその動機とともに明らかになる時、ミステリーが人間ドラマに、三面記事が文学に飛翔する。
 嫉妬の火が、聖火に変容する。
 モームの劇作家としての巧みと人間観が、本作を一級の作品たらしめている。

 令和の現在、この犯人の動機および行為を「否」とする声は高かろう。
 結末のつけ方を「否」とする声も多かろう。
 モームの投げかけた問いに、読む者は自らの答えをもって生きなければならない。

同じ国、同じ時代にあっても、道徳は人によって異なるものだと私は思っています。それが分からない人が多いですが、金持のための道徳と貧者のための道徳は違うのではないでしょうか――まあ、絶対そうだという確信はありません。しかし、若者の道徳と老人の道徳が違うのは確実だと思います。性についての道徳を決めたのが、若い頃の情熱だの元気よさだのを忘れてしまった人々でなかったなら、イギリス人の性の見方も随分変るんじゃないでしょうか。(本書より。ただし都合により、訳は若干変えてある)




おすすめ度 :★★★★

★★★★★ 
もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損