ひとつのテキスト科目をクリアするには、テキストを熟読した上で、課題レポート1本と答案5本を作成し、筆記試験に受からなければならない。
 さすがにここまでやると、その科目に関する大雑把な把握ができるようになる。
 というのも、レポートや答案をつくるのには配布されたテキストやサブテキストを読むだけでは足りず、図書館やネットを利用して様々な資料を探して読み込まなければならないからである。
 ソルティの場合、大体、ひとつの科目を修得するにあたって、最低でも10冊の関係書に目を通すはめになる。(もちろん、部分読みが多い)
 そうやって資料を渉猟しているうちに、その科目が主にどんなことを研究する学問なのか、どこからどこまでが守備範囲なのか、他のどんな学問領域と関係が深いのか、これまでに積み上げられてきた研究の現在位置はどのへんにあるのか、いまだに分かっていない謎や答えの出ていないイシューは何なのか、といったあたりがおぼろげながら見えてくる。
 すると、「結構、答えの出ていない問題が多いんだなあ」ということに気づかされる。
 文化財歴史分野で一番わかりやすい例を挙げるなら、「邪馬台国はどこにあったのか?」であろう。

前方後円墳
桜井市にある箸墓古墳が発掘できれば一歩前進するのだが・・・

 邪馬台国論争ほどのビッグイシュ-でなくとも、それぞれの科目ごとに、「えっ、こんなことがまだ分かっていなかったの?」、「いまだに議論の的になっているの?」、「いまだに専門家たちが共通見解に達していないの?」と思うようなものも少なくない。
 たとえば、ここまでに学習した科目なら、
  • 「美術史概論」日本仏像史
     奈良の薬師寺にある薬師如来三尊像の造られた時期について
     ⇒ 白鳳時代説 V.S. 奈良時代説
  • 「平安文学論」
     平安時代の貴族の結婚形態について
     ⇒ 一夫一妻(多妾)説 V.S. 一夫多妻説
  • 「書誌学」
     古書の書名の決定方法について
     ⇒ 外題優先 V.S. 内題優先
  • 「民俗学」
     宮本常一の著名なルポ『土佐源氏』について
     ⇒ 実話だ V.S. 創作だ
 なんてことが議論になっていて、いまだに明確な結論に達していない。
 統一見解になかなか至らない理由は、証拠が足りなかったり、斯界の権威に楯突くのが難しかったり、そもそもの定義があやふやだったり、決定的な決め手――たとえば邪馬台国論争なら卑弥呼の墓や「親魏倭王」の金印の発見――に欠いていたり、貴重な文化遺産ゆえに調査自体が難しかったり、調査のための予算がなかったり・・・・ソルティのお気楽アタマでは想像の及ばない複雑な事情があるのだろう。
 今後の新たな発見や科学技術の進歩によって、判明することも多いと思う。
 木造の仏像彫刻などは、彫り方のクセを調べてコンピュータ解析することで、どの仏師が彫ったものかわかりそうな気がするのだが・・・・。(科捜研のマリコに期待)

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 でも、ひとつでも多くの正解を知らんがために学び始めたつもりが、「答えがないことがまだまだ多い」ってことを知るのも面白い。
 それぞれの説に立つ学者の論拠(言い分)に耳を傾けるのも愉快だ。 
 「権威に忖度」のような人間的理由で真実が歪められているのだけは面白くないけれど。