2023年中公新書
副題は――桓武天皇から『源氏物語』誕生までの200年。
著者の榎村寛之は、1959年生まれの古代史専門の歴史家である。
藤原道長や紫式部や清少納言が活躍し、貴族中心の国風文化が花開いた10世紀後半~11世紀。
院政が始まり、保元・平治の乱で武士が興隆し、源平合戦のすえに平氏一族が壇ノ浦に滅びた12世紀。
NHK大河ドラマ『ひかる君へ』、『平清盛』はじめ、小説でもドラマでも映画でもよく題材にされ、時代の空気がつかみやすい平安後期にくらべて、9~10世紀前半の平安前期は今一つどういう時代かわかりにくく、茫漠としたイメージがある。
桓武天皇が都を京都に遷して、薬子にたらし込まれた平成上皇の乱があって、最澄や空海が仏教界をリードして・・・・くらいまではそれなりにイメージが描けるが、それ以降が弱い。
応天門炎上の罪を源信になすりつけようとした伴善男が失脚した(866)、大宰府に左遷された菅原道真の祟りで宮中に雷が落ちた(930年)、平将門や藤原純友が反乱を起こした(935~941)、派手な事件は起こっているのだが、突発的な印象が否めない。
つまり、天皇中心の公地公民の律令国家を目指した奈良時代と、藤原北家が実権を握った摂関政治時代との間に空白があり、時代のつながりがよく見えないのである。
一般に、平安時代=国風文化×摂関政治×寝殿造×『源氏物語』&『枕草子』×阿弥陀信仰&末法思想・・・のイメージで語られることが多いけれど、それはあくまで平安後期の政治や文化であって、平安前期はまた違った政治と文化のかたちがあったはずである。
そこが気になっていたところに、まさに痒いところに手が届くようなタイトルの本書と出会った。
(京都「風俗博物館」の展示より)
そんなわけで非常に期待してページをめくったし、2度読みしたのだが、残念ながら、やっぱり、どんな時代かよくわからなかった!
理由のひとつは、内容が専門的(トリビア)すぎて、話についていけない部分が多かったから。
はじめて聞く人名や職掌や制度が次々と出てくるのは仕方ないと思うが、そのために説明が煩瑣になって、要点がぼける。
説明の仕方も、あたかも鉄オタかミリオタの少年が、聴いている他人の理解度なんか気にせず、自分の喋りたいことだけを滔々と気持ちよさげに語っているのに似て、読者にしてみれば置き去りにされた感が強い。
とくに、著者の一番の得意分野である伊勢の斎宮や賀茂の斎院をめぐる箇所でその傾向が著しい。
「お前の知識不足、読解力不足のせいだろう!?」と突っ込まれれば、一言もないが。
また、著者は平安前期の政治や文化、中央と地方の関係などを、いろいろな興味深い人物やエピソードを上げて描き出してくれている。
たとえば、
- 朝鮮ルーツを持つ劣等感ゆえに桓武天皇はスーパー支配者となった
- 門閥を後ろ盾にもたない者が、学問を通して出世できる道が残っていた
- 名前を持った女性が官人として政治の場で活躍できた
- 娘を入内させる摂関政治の興隆により、内親王が結婚できなくなった
- 公的な場における漢文重視とは別に、仮名文字による和歌や物語の発展が起こった
- 律令制度が形骸化し、地方官(受領)の権限が強まった
といったような点について。
それぞれ「なるほど」と勉強になることばかりなのだが、「では、総論的に言って、平安前期はどんな時代だったのか」という、一言で納得できるようなまとめがない。
本書の帯やカバーの紹介文の中に、「この国のかたち」を決めた云々とあるのだが、平安前期に成った「この国のかたち」とはいったい何を意味しているのだろう?
そのあたり、もう少し総論的に丁寧なまとめが欲しかった。
というのも、常識的に考えれば、「この国のかたち」を決めたのは、むしろ、
- 仏教を取り入れ「和をもって貴しとなす」を規定した聖徳太子
- 「日本」、「天皇」という国号や称号、『日本書紀』『古事記』を制作した天智・天武・持統・文武朝
- 中国に習って律令制度を導入した天平期
- 仏教が武士や庶民にひろまった鎌倉時代
- 現代につながる流通や商業のしくみが整った江戸時代
- 国軍を持つ近代国家として生まれ変わった明治時代
- 日本国憲法がつくられた戦後
閑話休題。
ソルティが一つ思いあたったのは、平安前期が曖昧模糊としている理由は、権力がどこにあるか=為政者が誰か、がはっきりしていないからではないか?
ソルティが一つ思いあたったのは、平安前期が曖昧模糊としている理由は、権力がどこにあるか=為政者が誰か、がはっきりしていないからではないか?
つまり、
- 飛鳥時代前期=天皇、蘇我氏
- 飛鳥時代後期~奈良時代=天皇
- 平安後期=藤原氏、院、平氏
- 鎌倉時代=源氏、北条氏
- 室町時代=足利氏
- 戦国時代=群雄割拠
- 安土・桃山時代=信長・秀吉
- 江戸時代=徳川氏
- 大日本帝国時代
- 日本国憲法時代
別の観点で言えば、藤原北家が権力を握るまでの過渡期=武器のない戦国時代――といったところだろうか。
そう解釈することで一応すっきりした気にはなるけれど、一方、権力の変遷(=支配者視点)のみによって歴史を認識するのは、ソルティが受けてきた学校の歴史教育の偏りの最たるものかもしれない。
歴史を語る上で「視点をどこに置くか」は、前提として重要なのである。
いろいろ考える機会を与えてくれた読書であった。
おすすめ度 :★★★
★★★★★ もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★ 面白い! お見事! 一食抜いても
★★★ 読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★ いい退屈しのぎになった
★ 読み損、観て損、聴き損
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