奈良大学の3日間のスクーリングを終えた翌日、目覚ましをかけない朝寝坊を楽しみ、ホテルの食堂でゆっくりモーニング。
荷物をフロントに預かってもらって、チェックアウト。
本日は歩いて行ける仏閣・仏像めぐり。
荷物をフロントに預かってもらって、チェックアウト。
本日は歩いて行ける仏閣・仏像めぐり。
日時 2025年8月11日(月)晴れのち曇り
行程
09:30 元興寺
12:00 猿沢池
昼食
12:30 奈良国立博物館・仏像館
16:00 JR奈良駅
17:30 京都入り
元興寺は猿沢池から徒歩5分強の住宅街にある。
あまり知られておらず、訪れる旅行客もさほど多くないのだが、実は長い長い歴史を誇る由緒ある寺である。
なんと、日本で一番古い寺!なのである。
いや、日本で一番古い寺は、蘇我馬子が596年に飛鳥の地に建てた法興寺(飛鳥寺)、鞍作止利のつくった金銅造の釈迦如来像がある別名・安居院だろう?
そのとお~り。
実は、飛鳥寺は平城遷都のときに当地に移され、元興寺と名を変えたのである。
それゆえ、元興寺は「平城(なら)の飛鳥」と呼ばれたという。
知らなかった。
もとの飛鳥寺のほうはその後、元法興寺と呼ばれて平安時代頃まではそれなりに栄えていたらしい。
が、室町時代には廃寺同然となり、釈迦如来像は吹きさらしに置かれていたという。現在の本堂は江戸時代に再建されたもの、釈迦如来像は顔の一部と右手の3本の指をのぞいてあとから作り直されたものなのである。
もし、平城京に移る際に釈迦如来像も一緒に移していたら、日本で一番古い仏像がもっとマシなかたちで残っていたかもしれない、と一瞬思う。
が、平重衡による南都焼討ち(1180年)によって、興福寺・東大寺を含む現在の奈良市主要部の大半が焼け野原になったというから、やっぱり期待はできなかった。
文化遺産の最大の敵は戦である。

養老2年(718)、飛鳥より現在地に遷された
もとは猿沢池のほとりを北辺とする広大な寺所があった

国宝・極楽堂(本殿)
本尊は、天平期に智光僧都がつくった曼荼羅(浄土変相図)
現在は模写が飾られている


手入れが行き届いた気持ちいい空間
この寺を愛する地元民のこころを感じる

極楽堂を裏手から見ると、飛鳥時代(創建当初)の瓦が見える
鎌倉時代にお堂が再建されたときに再利用された

ここの宝輪館の展示が実に面白い。
- 奈良時代唯一の五重塔(高さ約5.5m)は、ずっと屋内に保管されていたため保存状態がとても良く、国宝指定されている。ただし、当初の色は失われている。2階に上って、塔の上層部を真横から見ることができるのは貴重。
- 平安時代の阿弥陀如来像、鎌倉時代の毘沙門天像、桃山時代の閻魔大王像、江戸時代の弁財天像など、各時代の仏像が居並び、バラエティ豊か
- 聖徳太子2歳像、16歳像、弘法大師坐像と揃っているのが民間信仰を感じさせる
- 3階には、国家でも貴族でもなく地元庶民の篤い信仰によって支えられてきた寺の歴史を感じる資料がたくさん展示されている。鎌倉時代の女性が作った「DV夫との離婚を祈願する祭文」はじめ、中世の庶民信仰の様子をうかがえる第一級の資料の数々に感嘆した。国の庇護を受けた東大寺、藤原氏の氏寺である興福寺のそばに、奈良庶民の寺があった。
- 卒塔婆など木製遺物の保存修復の実際など、文化財保存科学に関するわかりやすい展示もあって、テキストで勉強したことの復習ができた。

境内に咲く桔梗に癒される


かえる石
太閤秀吉により大阪城に召し出された奇石
淀君の霊がこもっていると言われ、城堀に身投げした人は必ずこの石の下に帰り着いたとか
いかなる縁からこの寺にたどり着いたのやら
毎年7月7日に供養しているとのこと

春日山を借景とする緑豊かな境内は、市中とは思えない静かさ
落ち着いた時を過ごせる良い寺である

興福寺の梵鐘を聴きながら、猿沢池のほとりで昼食
午後から仏像館へ。

