2021年韓国
121分
 冷戦の終結とともに始まったソマリア内戦。
 独裁的なバーレ政権の打倒を目指す反政府軍は各地を制圧していく。
 1991年1月、ついに反政府軍はソマリアの首都モガディシュに攻め入る。
 反政府軍と政府軍は激しい銃撃戦を街中で展開し、首都は混乱を極める。
 攻撃の先は各国大使館にも向かい、関係者には一刻も早い国外退去が迫られる。
 暴徒に大使館を打ち壊され、行き場を失った北朝鮮の大使館員とその家族たちが、最後の砦として助けを求めたのは、韓国大使館であった。

 当時ソマリアの韓国大使館に勤務していたカン・シンソン大使が引退後に書いた小説『脱出』の映画化、つまり実話がもとだと言うから驚く。
 北朝鮮と韓国。
 簡単には解きほぐせない複雑な因縁ある両国が、ソマリアから脱出するために協力し合ったというのだから。
 事実は小説より奇なり。
 ――というか、現実世界のどうしようもない悲惨さと不条理、人類が抜け出せない無明の底知れなさを痛感する。

 もっとも、映画のスタイル自体は、事実を淡々と描くドキュメンタリータッチとはほど遠く、バイオレンス&アクション&パニック・サスペンス&人間ドラマとして楽しめる娯楽作品仕立てになっている。
 相当な脚色がほどこされていると思われる。
 ラストシーン近くの街中でのカーチェースやイタリア大使館前でのすさまじい銃撃戦など、漫画チックあるいはテレビゲームチックですらある。
 そのぶん、手に汗握る興奮度。
 韓国映画界のパワーを感じざるを得ない。

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OpenClipart-VectorsによるPixabayからの画像

 本作で描かれる韓国人と北朝鮮人の関係を見ていると、自然と、1994年のルワンダ虐殺を描いた『ホテル・ルワンダ』(テリー・ジョージ監督)を想起する。
 ルワンダ虐殺は、フツ族過激派によって引き起こされた120万人以上のツチ族虐殺。世界史上もっとも残酷な民族紛争であった。
 が、民族紛争という名が正しいのかどうかは疑問である。
 フツとツチは同じ人種に属し、同じ宗教、同じ言語を共有し、文化的にも似通っている。2つの集団の違いは民族性の違いというより、政治的・人工的につくられたものなのである。
 朝鮮戦争の結果、38度線を境に北と南に分けられた北朝鮮と韓国の状況もそれによく似ている。

 映画の中で、韓国大使館に逃げ込んだ北朝鮮大使館一行と、ためらいつつも彼らを保護した韓国大使館一行とが、ひとつの食卓を囲むシーンがある。
 同じ顔立ち、同じ背格好、同じ言語、同じ食文化、同じルーツをもつ人々が、敵と味方に別れて反目し争わなければならない不条理。
 実際、主要キャラ以外は、どっちがどっちの大使館関係者なのか最後まで区別がつかない。
 世界中の誰よりも近いところにいて、誰よりも理解し合えるはずの二つの民が分断されている現実。
 その原因の一端が日本にあることを知らずに、この映画を見ることは許されまい。

 子供が銃を持つのが日常風景の国がある一方で、里に下りた熊を駆除するかどうかの議論で炎上している日本の平和に乾杯。

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dorisによるPixabayからの画像



おすすめ度 :★★★★

★★★★★ もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損