1969年中央公論社
水上勉が「こういう小説」を書いているとは知らなんだ。
「こういう小説」というのは、自らの少年期の男色体験を赤裸々に明かしつつ、昭和40年代の地方のゲイの世界を舞台に、水上とゲイバーで働く美青年との交情を描いたBL小説という意味である。
水上はゲイではなかったが、10歳の時に京都の禅寺に入れられ、先輩の修行僧に無理やり夜の相手をさせられた経験があった。
それはつらい出来事であると同時に、親と離れて厳しい修行生活を送る子供の身にとっては、人肌に触れて寂しさを癒す稀少なひとときでもあった。
また、乞食谷と呼ばれる辺鄙な土地の薪小屋に生まれ、貧しい子供時代を送り、作家として食えるようになるまで何十もの仕事を渡り歩いた苦労人の水上は、社会の底辺にいる者や差別されている者に対する共感があった。
犯罪者や遊女や盲目の三味線弾きの哀しい人生を描いた上記の映画は、まさに水上文学のなんたるかを物語っている。
それゆえ、水上はゲイの世界にも怯えることも抵抗することもなく、人気作家になってからも各地のゲイバーに頻繁に飲みに行っていた。
本小説の主人公である雅美との出会いは、その中で起きた出来事なのである。
書かれていることのどこまでが事実でどこからが創作なのか、虚実皮膜の面白さがある。
たぶん、少年時代の寺での男色体験や、雅美のモデルとなった青年との出会い、そして水上勉の名を騙って各地でロマンス詐欺を働くゲイの男の逸話は、事実に基づいているのだろう。(ニセ水上勉事件はどこかで聞いたことがある)
ゲイという存在に対する語り手(水上)が記す印象や感情も、率直な実感であろう。
ゲイの――というより今ならトランスジェンダーに該当するであろう――雅美との関係の詳細は、小説家の巧み(嘘)が混じっていると思われる。
昭和40年代の地方のゲイ社会の様相も興味深い。
昭和40年代の地方のゲイ社会の様相も興味深い。
「やっぱり、上手いなあ。読ませるなあ」と感心した。
単行本の装幀は栗津潔。
洒落てはいるけれど、出版当時の「男色」に対する世間のイメージを彷彿とし、そのイメージをさらに固定化するようなたぐいの装幀である。
つまり、暗さ、禁忌、罪、危険、おぞましさ、禍々しさ・・・。
昭和時代のゲイは、重い十字架を背負った背徳者、日陰に生きる隠花植物、のような存在だった。
この半世紀でLGBTを取り巻く状況がどれだけ変わったかを検証する、その基準点がここにある。
一方、本書を読んで思ったのは、この小説の底に流れている「暗さ」や「哀しみ」や「つましさ」は、昭和のゲイの世界にのみ特有なものではなく、昭和という時代に蔓延し、社会全体を覆っていた空気ではなかったかということである。
少なくとも、ソルティが身をもって知る昭和40~50年代に限ってもいい。
その何よりのしるしは、演歌の流行と衰退である。
「もはや戦後ではない」と言い、所得倍増で豊かになっていく明るさの裏で、日本人は演歌的世界を共有していた。
子供がアニメソングやポップスを、若者がフォークソングやロックやニューミュージックを追いかける傍らで、昭和の大人たちは演歌を好んで聴いていた。
若者もまた、中年の声を聞くようになると、演歌の魅力にはまっていった。
そこには日本的情念と日本的叙景によって縁どられた昭和の大人社会の映し絵があった。(その最高傑作のひとつが石川さゆりの歌った『津軽海峡冬景色』である)
演歌の女王と言われた美空ひばりの死が、昭和の終わり(1989年)と同時であったのは、実に象徴的なことであった。
平成・令和と時代が進んで、日本的情念と日本的叙景は急速に失われていったからだ。
そう。本書の主人公である雅美は、昭和演歌に出てくる薄幸の女そのものなのである。
本書を読んで、ゲイという特殊性より、昭和という時代の特殊性のほうを思ってしまうのは、マイノリティだろうがマジョリティだろうが、個人の意識と社会の意識は切り離せないからであり、かつ、それらは変わりうるということの証である。
雅美は最後に水上との連絡を絶ち、行方知れずになってしまう。
北の海に向かったのだろうか。
令和の今なら、一所懸命お金をためて、タイに行って性別適合手術を受けて凱旋、水上のコネを使って芸能界デビュー、という選択もありだろう。(カルーセル麻紀はそのトップランナーだった)
おすすめ度 :★★★★
★★★★★ もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★ 面白い! お見事! 一食抜いても
★★★ 読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★ いい退屈しのぎになった
★ 読み損、観て損、聴き損

