2018年の秋に四国遍路したとき、室戸岬を回って3日目、高知県香南市の路上に面白いものを見た。
北緯33度33分を示す碑であった。
伊能忠敬は享保元年 (1801) 幕府の命を受け実測による日本地図の制作に取り組んだ。文化5年 (1808) 土佐に入り4月27日赤岡浦の実測が行われ、この地を北緯33度33分と測量した。 (碑文より)
そこから少し歩いた赤岡町の昔ながらの家並に、絵金蔵と弁天座という建物が向かい合っていた。
弁天座には浮世絵風の極彩色の看板絵がかかっていた。
絵金蔵? なにそれ?
なぜこんなところに芝居小屋が?
遍路から帰って調べたら、絵金とは江戸時代末期の土佐の絵師のことであった。
絵師金蔵、略して絵金。もとは土佐藩家老桐間家の御用を勤める狩野派の絵師でしたが、贋作事件に巻き込まれ、城下追放になります。野に下った絵金はおばを頼りにこの赤岡の街に定住し、酒蔵をアトリエに絵を描きました。(絵金蔵のパンフレットより抜粋)
もともと絵金の絵は、地元の神社に奉納するために、六尺四方、二曲一隻の屏風に絵の具で描かれたものだが、それが江戸時代末期から宵宮にあたる7月24日に商家の軒先に飾られるようになった。
これが赤岡町で今も続く絵金祭りの由来である。
まちに残っている23点の絵屏風を一括管理しているのが絵金蔵。
絵金の絵の題材となった歴史上の有名な物語を「土佐絵金歌舞伎」と名づけ、祭りのときに実際に演じているのが弁天座であった。(ふだんは町民ホールとして利用されているようだ)
現在、六本木にあるサントリー美術館で幕末土佐の天才絵師 絵金展が開かれている。
高知県外で半世紀ぶりとなる大規模な展示で、あべのハルカス美術館(2023年)、鳥取県立博物館(2024年)と巡回し、ついに東京にやって来たのである。
この機会を逃す手はない。

東京ミッドタウン・ガレリア(六本木駅すぐ)
3階に美術館がある

サントリー美術館

屏風に描かれた物語絵
これは歌舞伎『浮世柄比翼稲妻』より「鈴ヶ森」の場面
血生臭いドラマ、大胆で劇的な構図、捻じれのたくる線、氾濫する色彩、縄文土器的エネルギーが絵金の特徴
ストーリーを知っていたらもっと楽しめるのだが・・・
それぞれの絵の横には解説がなされているが、いずれも複雑すぎる筋立てに頭が追っつかない

祭りの夜にはこのような山門風の絵馬台に屏風絵か飾られ、道に並べられる

薄闇の中、提灯に照らし出されるおどろおどろしい絵
血気盛んな高知の土地柄を感じさせる

能で有名な『船弁慶』の一場面
平知盛の霊が海上で義経と弁慶に襲いかかる
左上に恨みのため成仏できない平家一門の亡霊たち

『芦屋道満大内艦』より「葛の葉子別れ」の場面
スーパー陰陽師安倍晴明出生にまつわるエピソード
狐の正体がばれた晴明の母親が泣きながら家を去っていく
左上から右下への対角線に沿った動きがドラマ性を高めている

撮影できるのは一部のみ。
歌舞伎の題材が多いので、歌舞伎好きの人なら楽しめること請け合い。
そうでない人も、迫力ある絵と激しい感情表現の氾濫に気を飲まれるだろう。
江戸時代の日本人の感情の激しさを思う。
しがらみや束縛の多い武家社会の中で、耐える男、犠牲となる女子供、振り回される庶民の姿が、印象に残った。
その中で、おちんちんをおっぴろげた子供たちの絵に和まされる。
絵金は子供好きだったにちがいない。
また、石川五右衛門の生涯を描いた20点強の絵馬提灯(行燈絵とも)も展示されている。
これが滅法面白い。



