2025年日本
123分

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 天才棋士を主人公とするミステリーサスペンス。
 原作は柚月裕子の同名小説。
 2019年に千葉雄大主演でNHKでドラマ化されたらしい。
 知らなかった。

 山中で発見された男の白骨死体が胸に抱いていたのは、名工の彫ったこの世に7組しか存在しない将棋の駒。
 ベテラン刑事石破(演・佐々木蔵之介)と、かつてプロ棋士を目指していたが挫折した部下の佐野(演:高杉真宙)の懸命な捜査が、駒の持ち主を洗い出す。
 それは、彗星のごとき現れた気鋭の棋士、上条桂介(演・坂口健太郎)だった。
 圭介の過去を探る石破と佐野の旅は、父親に虐待された圭介の壮絶な子供時代に行き当たる。
 父・上条庸一(演・音尾琢真)は行方知れずだった。
 将棋界をリードする七冠の天才・壬生芳樹と挑戦者圭介とのタイトル戦が迫るなか、死体の身元が判明する。
 “鬼殺しのジュウケイ”と異名をとった元アマ名人・東明重慶(演:渡辺謙)がその人であった。
 圭介と重慶の間になにがあったのか?
 消えた圭介の父親はどこにいるのか?

 令和の『砂の器』というネット上のコメントを観て、映画館に足を運んだ。
 よもや『砂の器』に肩を並べられるほどの作品は、今さら作れないと知りながら・・・。
 
 たしかに、刑事ものミステリーというジャンルや“宿命”という重いテーマのみならず、プロット的に両作はよく似ている。
 『砂の器』が〈天才作曲家+悲惨な子供時代(父親の業病と差別)+過去と決別するための殺人〉であるならば、『盤上の向日葵』は〈天才棋士+悲惨な子供時代(父親からの虐待と呪われた血)+過去と決別するための殺人〉という布置。
 両作とも、日本各地を巡り歩く2人の刑事の捜査模様と、世間的な成功と称賛を手に入れた容疑者の姿とが、交互に描かれる構成を取っており、栄光からの転落がラストに待っている。
 悲惨な子供時代を演じる子役の印象的な眼差しも共通している。
 撮影と音楽はさすがに、川又昻と芥川也寸志・菅野光亮を擁した『砂の器』に及ばないが、ドラマを邪魔することなく、無難な水準である。
 テンポは断然、令和の平均的日本人の感覚に合わせた『盤上の向日葵』のほうがスピーディーで、退屈している暇がない。
 早指し同士の対戦のようにサクサクと話が進んでいく。
 一方、長考同士の対戦のような、『砂の器』のゆったりしたストーリー展開は、令和の若い世代には馴染まないかもしれない。
 テレビドラマやネットドラマとは違って、余白を味わえるのが映画の醍醐味なのだが・・・・。

 『砂の器』では、人間ドラマの合間に映し出される四季折々の日本の風景こそが、もうひとつの主役であった。
 『盤上の向日葵』もヒマワリ畑をはじめ季節感を出すべく頑張っているけれど、やはり、現代日本映画に季節感や風土色を盛り込むのはもはや容易ではないってことを、本作は示唆している。
 『砂の器』の森田健作の汗がどれだけ多くのことを語っていたか。

鰯雲
 
 さて、役者である。
 『砂の器』においては、父親・加藤嘉、息子・加藤剛、刑事・丹波哲郎、田舎の巡査・緒形拳がそれぞれ魂のこもった演技を披露して、観る者の心を鷲掴みにした。
 とりわけ、ハンセン病のため故郷を追われる男を演じた加藤嘉のそれは、一世一代の名演というにふさわしい。

 『盤上の向日葵』では、賭け将棋をなりわいとする真剣師を演じる渡辺謙、同じく真剣師で人生最後の対戦にのぞむ兼埼元治役の柄本明、この2人の役者としての凄みに圧倒される。
 2人が大金を賭けて5番勝負するシーンは、将棋の対決というより演技対決といった迫力。
 駒を打つ音とともに、2人の頭上で交差する白刃の音が聞こえてくるかのよう。
 『国宝』といい、NHK大河ドラマ『べらぼう』といい、今年は渡辺の当たり年だった。

 圭介を虐待するダメ親父役の音尾琢真(おとおたくま)、それと対照的に圭介を保護する元校長役の小日向文世もいい。味がある。
 音尾琢真という役者ははじめて知った。
 大河ドラマ『どうする家康』に出ていたらしいのだが、気づかなかった。

 このベテラン4人の濃い演技に圧されて、主役の坂口健太郎はちょっと割喰った感がある。
 脚本のせいもあると思うが、渡辺謙に喰われがち。
 ナイーブな表現のできるいい役者だと思うが、この役に限っては、坂口の持って生まれた清潔感が足を引っ張っているような気がした。
 同じ二枚目で誠実な性格で知られた加藤剛が、『砂の器』で深い業を背負った野心的な音楽家になりきっていたのと比較すると、坂口の演技には何かが足りない。

 昔からいい役者には「陰」が必要と言う。
 森雅之しかり、市川雷蔵しかり、三國連太郎しかり、仲代達矢しかり、高倉健しかり、石原裕次郎しかり、松田優作しかり、松山ケンイチしかり・・・・。
 無いものねだりかもしれないが、若い頃は好青年役しか似合わなかった三浦友和がどんな役でもこなせるバイプレイヤーになったのだから、坂口にも期待したい。
 
 ソルティは将棋指しではないので、将棋マニアの目で観たらもっと深い意味合いをもったシーンに気づかなかった可能性がある。
 将棋マニアの友人に勧めて、感想を聞いてみるかな。

AI将棋




おすすめ度 :★★★

★★★★★
 もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損