1998年日本
100分
神保町シアターで開催中の「藤村志保特集」の一本。
未見であった。
シアターの入口で40代くらいの見知らぬ男に呼び止められた。
「チケット、1000円で買ってくれませんか?」
急な用事ができて鑑賞できなくなったのだと言う。
1000円という額は、ソルティが活用できる学生入場料金と変わらないので別にトクにはならないのだが、人助けと思って購入した。
正規の大人料金は1400円である。
藤村志保はどちらかと言えば地味な女優で、一番の代表作はデビュー作『破戒』(市川崑監督)ではないかと思う。(芸名の藤村は、島崎藤村から取っている)
60年代大映時代劇の“刺身のツマ”的ヒロインをはじめ、脇役としての活躍がメイン。
本作でも、主役をつとめる佐藤浩市の義理の母親役で、脇をしめている。
女優対決では、実の娘で佐藤浩市のメンタルな妻役の斉藤由貴はともかく、出番のずっと少ない緋牡丹お竜こと藤純子こと富司純子の艶やかな存在感の前には、かすみがちである。
そういった控え目な、カスミ草のような風情がいいというファンも多かろう。
演技は確かである。
演技という面では、佐藤浩市。
やっぱりいい。
やっぱりいい。
ある日突然目の前に現れた、幼い頃に死んだと思っていた父親(演・山崎努)に振り回される平凡な入り婿サラリーマンを、リアリティ豊かに演じている。
観る者に登場人物の心のうちを自由に想像させてくれるような、“演じ過ぎない”塩梅がいい。
演じ過ぎていないのに、一癖も二癖もある不良親父に扮する山崎努の怪演に喰われていない。
映画(スクリーン)の演技というのは、演劇(舞台)の演技とは違うのだと、つくづく思う。
この演技のクオリティや存在感を目にすると、血は争えないと思う一方、昨今の佐藤浩市の使われ方の“もったいなさ”思わざるを得ない。
三谷幸喜の『ザ・マジックアワー』(2008)でコメディに挑戦し、新境地を開いたのは良かったけれど、その後も続く三谷作品への出演作を観ていると、「本来の佐藤浩市ではない。役者・佐藤浩市は三谷作品におさまりきれない」という気がしてしまうのだ。
ついでに、吉永小百合との度重なる共演も、佐藤を“殺している”のではないかと危惧する。
佐藤浩市の魅力を生かせる監督あるいは企画がなかなかないってのが原因かもしれない。
好きな俳優であり、三國連太郎という名優の息子であり、顔立ちも濃いので、絶対に忘れることのない役者なのだが、不思議なことにソルティにとって、「どうしても名前が覚えられない」役者No.1である。
「名前が覚えられない」というより、「名前が出てこない」のである。
顔は思い浮かぶし、三谷作品含めいくつかの出演作(役柄)も上げられるし、父親は三國連太郎で息子(寛一郎)もまた役者をやっていて、競馬やキリンビールのCMにも出ていて・・・・とプロフィールはいくらでも出てくるのに、名前が出てこない。
どうしてなんだろう?
しばらく考えて出した答えは、サトウコウイチという名前のもつイメージと、本人の持っているイメージが一致しないという理由。
サトウコウイチって、ソルティ的には「爽やか系優等生」のイメージがある。
サイダーのCMにでも出てきそうな。
それと実物の佐藤浩市の醸し出す“ちょっと重たくて陰のある”雰囲気にギャップがある。
これが、たとえば「犬神浩市」だったら絶対忘れないと思う。
1998年公開のこの映画、バブル崩壊後の平成につくられたわけだが、匂いは昭和である。
ざらざらしたフィルムの質感や、古い家屋や店舗をロケに用いたせいもあろうが、季節感がよく出されている点が大きい。
薔薇の剪定、節分、春雷、春雨、ひな祭り、桜吹雪、鯉のぼり・・・。
『あ、春』というタイトルからすれば当然なこととはいえ、日本映画において庶民の生活を描くには、季節を感じさせることはとても大切だったのだと改めて思った。
人の生き死にが季節とともにあったのだ。
おすすめ度 :★★★★★
★★★★★ もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★ 面白い! お見事! 一食抜いても
★★★ 読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★ いい退屈しのぎになった
★ 読み損、観て損、聴き損
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