2006年二玄社
昭和歌謡で育った人間にしてみれば、ガンダーラと言えば堺正章主演『西遊記』であり、ゴダイゴが歌った主題歌である。
They say it was in India.(それはインドにあると言う)
という歌詞(山上路夫、奈良橋陽子作詞)の一部から、ずっとインドのどこかを指す地名と思っていたが、実際には現在のパキスタン北東部、インドとアフガニスタンの間あたりにあった古代王国である。
Wikiによれば、「ガンダーラ王国は紀元前6世紀から11世紀に存続し、1世紀から5世紀には仏教を信奉したクシャーナ朝のもとで最盛期を迎えた」とある。
このガンダーラを中心に、紀元前後から5世紀頃まで栄えた仏教美術をガンダーラ美術と呼ぶ。
ガンダーラ美術の特徴は、東と西をつなぐ交通の要所という地理的特性そのままに、インド、ヘレニズム(ギリシア・ローマ)、シリア、ペルシャなど多様な文化が融合した独自のスタイルにある。
紀元1世紀頃にこの地で仏像が誕生したとされるのも、アレクサンドロス大王(紀元前356-323)の東方遠征によってヘレニズム文化が当地に伝わり、ギリシア彫刻の素晴らしさが知れわたったからという。
実際、ガンダーラの仏教彫刻は、ギリシア・ローマ彫刻と見まがうものが少なくない。
西洋人っぽい彫の深い顔立ち、ヒラヒラしたドレープ付の薄手の衣装、肉体美の肯定、写実的な感情表現などである。
場所がどこだったかは忘れたが――東京国立博物館だったか?――はじめて初期の仏像というものを見たとき、あまりに風貌がアジア人離れしている(鼻筋通り過ぎ!)ので驚いた記憶がある。
ちなみに、仏像誕生の候補地はガンダーラ以外にもう一カ所、北インドのマトゥラーも上げられている。こちらの仏像は土着的要素が強く、インド人っぽい。
元祖をめぐっての攻防はいまも続いている。

仏像がつくられるようになると、ブッダの生涯を描いた浮彫り、いわゆる仏伝図もたくさんつくられるようになった。
ありがたいことに石造であるため、かなりの数の作品が今に伝えられている。
本書は、世界各地の美術館や個人が所蔵しているガンダーラ彫刻の仏伝図から代表的なものを選んで写真掲載しつつ、ブッダの生涯を辿ったものである。
著者の栗田功は、1941年生まれの古美術愛好家。
フランス電子機器メーカー東京支社に勤務していたとき、フランス出張帰りにパキスタンに寄り、ガンダーラ美術と出会ったことがきっかけで、この道にはまったらしい。
もともと、美術評論家でも仏教学者でも仏像研究者でもない。
それが趣味が高じて、全2巻セット50000円のガンダーラ美術の豪華本を出版し、ガンダーラ仏教美術と中国古美術の専門店「欧亜美術」を都内に開くまでに至ったというのだから、人生なにがあるか分からない。(店舗は現在は閉めたらしい)
マーラー交響曲第2番『復活』に憑りつかれて、それを指揮するためにのみ30才過ぎてから指揮法を一から勉強し、40代でついにコンサートデビューし、レコードまで出してしまった実業家のギルバート・キャプランを思い出した。
こういう生き方はカッコいい。
栗田がガンダーラ彫刻のどこにそれほど惹かれたのかは分からないが、掲載されている石造の群像彫刻(レリーフ)の写真を見ていると、登場人物の会話が聞こえてくるような錯覚にとらわれる。
マンガのように、人物の横に吹き出しを書いてセリフを入れたい気がする。
2次元(平面)と3次元(立体)のあわいにあることが、かえって、物質に生命力の吹きこまれる刹那を目撃しているような印象をもたらすのかもしれない。
ちょうど、諸星大二郎のコミック『壁男』のように。
それにしても面白いのは、ガンダーラを通過点かつ中継点として、ギリシア彫刻の影響が日本の仏像彫刻にも及んでいるという点である。
奈良・中宮寺や京都・広隆寺の飛鳥時代の菩薩半跏像に見られるアルカイック・スマイルは有名だが、次のような「ギリシア⇒ガンダーラ⇒中国・日本」の神の変化(あるいは神の特徴の相続)を指摘する説もある。
- ヘルメス ⇒ ファッロー神 ⇒ 多聞天(毘沙門天)
- ヘラクレス ⇒ バジラバーニ ⇒ 執金剛神(仁王様)
東大寺南大門の仁王像の起源が、ギリシア神話の英雄ヘラクレスというのは実に面白い。(ヘラクレスは実は名探偵エルキュール・ポアロ〈Hercule Poirot〉の語源でもある)
そうとは知らずに仁王像を見て、「ニッポン、凄い! 運慶、グレイト!」と目を丸くしているギリシア人観光客のなんと多いことか!



