2000年原著刊行
2006年講談社(訳・越前敏弥)

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 ソルティが次に読む海外ミステリーを選ぶ基準の一つは、CWA賞受賞である。
 これはイギリスの推理作家協会(The Crime Writers' Association)によって、その年にイギリスで出版された推理小説の中から選ばれる。
 過去には、ルース・レンデル、P.D.ジェイムズ、ロス・マクドナルド、ジョン・ル・カレ、ライオネル・デヴィッドスン、コリン・デクスター、パトリシア・コーンウェル、ピーター・ラヴゼイ、ミネット・ウォルターズ、サラ・パレツキーなど、錚々たるメンバーが受賞している。(日本で人気のあるアンソニー・ホロヴィッツが受賞していないのは不思議)
 同じ英語圏の栄誉ある賞では、アメリカ探偵作家クラブ(Mystery Writers of America)が創設しているMWA賞がある。
 ソルティはどちらかと言えば、イギリスを舞台にしたミステリーが好きなので、CWA賞受賞作のほうに惹かれてしまう。
 ちなみに、個人的にあまり当てにならない指標と思うのは「このミス1位」である。何回か裏切られた経験がある。
 CWA賞受賞作は、いつも読後それなりの満足感を与えてくれるので、信頼していた。
 が、2000年CWA最優秀歴史ミステリー賞に輝いた本作は、その信頼を揺らがせるものであった。

 歴史ミステリーの傑作と言えば、ジョセフィン・テイ『時の娘』、ダン・ブラウン『天使と悪魔』、ウンベルト・エーコ『薔薇の名前』、ディクスン・カー『ビロードの悪魔』、短編ではあるがG.K.チェスタトン『折れた剣』などが思い浮かぶ。
 梅原猛の『隠された十字架』も歴史ミステリーとして一級の娯楽作と言える。(本人は真面目な歴史書のつもりで書いたと思うが)
 これらほどの傑作でなくとも、かりにもCWA歴史ミステリー賞を受賞しているのならば、一介の歴史オタクを唸らせるレベルの史料分析や推理が見られるものと期待してもあながち間違ってはいまい。
 実在する歴史上の人物や書物や団体や事件などをめぐる謎を、のちの世の人間(たいていは学者や研究者でない素人)が自分なりの方法で調べていく。その最中に起こる脅迫や殺人事件。
 過去と現在がクロスオーバーするところに歴史ミステリーの面白さはある。

 本作も一応はその基本に則っている。
 半世紀前に亡くなった聖職者にして詩人フランシス・ユールグリーヴに興味を持った語り手(ウェンディ)が、彼について調べ始めた時から、彼女の周囲で不可解な事柄が発生する。
 調査に向かう行く先々でウェンディの先回りをしてフランシスを調べる謎の人物の存在。ウェンディの周囲にばら撒かれる虐待された動物の死体。半世紀前にも同じようなことがあったという。
 興味をそそる謎は散りばめられているのだが、物語は遅々として進まず、「いったい、いつになったら殺人事件が起こるのだろう?」と、残りのページ数を数えてしまう。
 フランシスに関する調査も片手間の感じで、むしろ話のメインはウェンディが寄宿する親友ジャネット一家の様子を描くところにあるようだ。
 美しく真面目なジャネット、美男子で進学校副校長の夫デイヴィッド、天使のごとき2人の娘ロージー、そしてジャネットの認知症の父親ジョン。
 この特に変わったところもない聖職者一家の日常風景がくわしく描写される。
 著者テイラーの筆力が冴えているので、ついつい読み進めてしまうのだが、いったい自分は何を読まされているのだろうか、という思いを抱かざるを得ない。
 殺人事件が起きるのはページ数にして全体の7割過ぎてからである。
 肝心のフランシスをめぐる謎の解明についても中途半端な感じは否めず、ウェンディが最終的に到達した推理は、根拠を欠き、説得力に欠ける。
 これでCWA賞受賞とはいったい・・・・・?

 この謎の解明は難しくない。
 実は、本作はアンドリュー・テイラーによる「天使シリーズ」3部作の一部であり、『天使の遊戯』、『天使の背徳』に続く最終巻だったのである。
 時間的には、1990年代のロンドンを舞台とする『天使の遊戯』や、1970年代のロンドン郊外の町を舞台とする『天使の背徳』より前の1950年代のこと、つまり物語の時系列では一番最初に来るのだが、書かれた順番・出版された順番は本作がラスト。
 ソルティは本作を図書館で借りるときにそのことを知っていた。
 でも、文庫本の冒頭に「どの作品もそれぞれ完結した物語」「どういう順序で読んでもかまわない」と(原著者 or 訳者の)コメントとしてあったので、3部作であることを気にかけずに借りたのだった。
 しかるに、やっぱりこれは書かれた順に読むべきであった。
 『天使の鬱屈』に登場するある人物が、ほかの2作品に重要なキャラクター=サイコパス殺人者となって登場する。本作は、その前哨戦であり、そのキャラ誕生の背景を描いた作品だったのである。
 先に2作品を読んだ読者なら、たとえば『羊たちの沈黙』のレクター博士の過去を描いた『ハンニバル・ライジング』を読むように、多大なる関心と高揚をもって本作を読むことができよう。
 3部作全体の出来をもって、CWA賞受賞にも納得することができるのかもしれない。
 本作一作の単体評価でそれにふさわしいとは思えない。

 そういうわけで、肩透かしを喰らった。
 もちろん、これから刊行された順番とは逆に読んでいく、つまり時系列に沿って物語を追うことはできる。
 天使を追うべきや否や。
 どうしようかな?

天使と悪魔



おすすめ度 :★★

★★★★★
 もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損