こんなにアクセスの良い場所に、こんなに快適で清潔な施設があって、こんなに素晴らしい仏像や仏画が並んでいて、心地よいシートで映像も観ることができて、落ち着いたラウンジで1杯150円でカフェも飲めて、仏像に関する良質の図書やポストカードも購入できて、スタッフはとても親切で・・・・。
これで入場料無料って、なんだか狐につままれたような、狸に化かされたような、コックリに取り憑かれたような、ひょっとして異次元空間に迷い込んだか?・・・・と思うような、知る人ぞ知る都会のオアシス、それが半蔵門ミュージアムである。
その秘密は宗教法人「真如苑」運営ってところにあると思うのだが、別に入会を勧められることもないし、受付で名前や連絡先を記載する必要もないし、真如苑の案内パンフを渡されることもない。
ただ、仏像や仏画に対する敬愛と賛嘆の念がつのり、お釈迦様や仏教に対する親しみが一層深まり、清らかで穏やかな気持ちに満たされるのみである。
ソルティはこれが2度目の見学だが、平日であれば混み合うこともなく、自分のペースでゆったりと鑑賞し、くつろぐことができる。
ここの目玉は、なんと言っても、運慶作の大日如来坐像である。
栃木県足利市の樺崎寺(現樺崎八幡宮)の下御堂(しもみどう)に納められていたもので、建久4年(1193)に造られたと推定されている。
施主は足利義兼。源頼朝に仕え、北条政子の妹と結婚した武将で、足利尊氏の先祖にあたる。
ガラスケースに入った金色に輝く大日如来坐像は、20代運慶の出世作である奈良・円成寺のそれと像容がよく似ている。こちらは40歳頃の作。
運慶の仏像って、ミケランジェロの「ダビデ」や「ピエタ」や「モーゼ」の彫像を思わせるところがある。それは何かというと、「空間からいま切り出されました!」みたいなヴィーナス的“誕生感”。
いつ見てもフレッシュで、生命力にあふれ、ドラマチックである。
運慶仏をタダで見られるのは、東大寺南大門とここだけであろう。
運慶仏のほかにも素晴らしい仏像がある。
平安時代(10世紀)の木造の如意輪観音菩薩坐像。
これは京都・醍醐寺にあったものらしい。
純潔と気品の漂う青年っぽい表情が絶品。
6本ある腕は様々な動きをとってバランスよく配置されているが、その指の美しいことったら!
折り曲げた右足と座面がつくる角度も絶妙。
衣の襞の流れも自然かつ流麗で、台座から垂れたあたりは上質の絹の滑らかさを感じさせる。
この美しさ、ソルティは、京都・宝菩提院願徳寺の菩薩半跏像を記憶から呼び起こしてしまうのだが、いずれの像においても、これだけ腕の立つ仏師の名が知られていないというのが不思議である。
同じく醍醐寺にあったという17世紀の仏涅槃図も見逃せない。
371.0cm×255.8cmのビッグサイズの絹に、お釈迦様の臨終場面が色鮮やかに描かれている。
中央の寝台で側臥位をとるお釈迦様の周囲を、菩薩や四天王や護法神や、弟子たち、在家信者、さらには様々な空想上あるいは実在する動物や昆虫が取り囲み、その死に衝撃を受け、あるは泣き叫び、あるは天を仰ぎ、あるは地面にのたうち回り、あるは・・・・気絶している(アナンダ

)。


)。 十人十色、いや百体百色の悲しみの表現が臨場感を醸し出す。
動物や昆虫も精妙に描かれて、実に細やかに彩色されている。
天からは白い曼荼羅華が降っている。
現在、2階のマルチルームでは、お釈迦様の涅槃をめぐる物語を紹介し、涅槃図を部分ごとに拡大したパネルを掲示し、登場する主要な神や人物や動物を解説している。
いろいろ発見があって面白い。(12月28日まで)
ここには素晴らしいガンダーラ仏教彫刻もある。
お釈迦様の前世、誕生、出家、悟り、最初の説法(初転法輪)、入滅を描いた、 いわゆる仏伝図を至近距離から観ることができる。
ギリシャ・ローマ彫刻の影響がまざまざと知られる。
初転法輪
お釈迦様の向かって左側で金剛杵を手にしているバジラバーニ(執金剛神=仁王様)
いかにもヘラクレスっぽい
12月28日まで、阿弥陀仏の特集展示をやっている。
修理を終えたばかりの平安時代の阿弥陀如来立像はじめ、室町・江戸時代の絹本着色の阿弥陀仏の絵や曼荼羅が展示されている。
ここで注目したいのが、阿弥陀聖衆来迎図。
堂々たる阿弥陀如来が10人の菩薩を従えて、天から雲に乗って飛来する。
蓮台をもつ観音菩薩、合掌する勢至菩薩、琵琶や横笛や鼓や花や幡をもつ菩薩たち。
芳香漂い、妙なる調べが聞こえてくる。
このデザインと構図、まさにジブリ映画『かぐや姫の物語』(高畑勲監督、2013年)のクライマックスを成すブッダ来迎シーンである。
高畑監督、ここから着想を得たか!


原作の『竹取物語』ではもちろんブッダは登場しない
(京都・風俗博物館展示)






