2000年日本
160分
副題:日中15年戦争・元皇軍兵士の告白
映画館 Strangerの黒沢清特集に行ったとき、ロビーに置いてあったチラシで本作の上映を知った。
前から気になっていた作品であるが、観る機会がなかった。
上映されたのは渋谷のイメージフォーラム。
1週間限定の、しかも午前中1回きりの上映。
はたしてどれだけの人が来るかと思ったら、平日で20名くらいだった。
本作は、1932年(昭和7)の満州事変から始まり1945年8月15日に終わった日本の中国侵略において、現地に派遣された大日本帝国軍の兵士らが、捕虜にした中国兵や中国人民に対して、どういった加害行為をしたのかを、加害者自らが証言したフィルムである。
それ以上でもそれ以下でもない。
当時の新聞記事や映像を使用しての大まかな戦争の経緯を説明するナレーションは入るものの、それは客観的な事実関係のみにしぼった高校の日本史教科書かNHKのニュース報道レベルの淡々とした解説であり、取りたてて、作り手の思想や主張が匂うものではない。
それ以外は、制作当時70歳をゆうに過ぎていた元日本兵たち14人の証言だけで成り立っている。
AIはもちろん、CGもない。
BGMもない。
気の利いた演出も装置もない。
俳優たちを使った再現映像もない。
ひたすら証言のみ。
正直、もっと効果的な演出をしてくれてもいいんじゃないの?――と思うほどのシンプル過ぎる作りである。
このテーマに関心のない人なら、単調さに飽いて、とても160分も観続けられまい。
実際、どういう理由からかは確かめようがないが、途中退席する人が数名いた。
このシンプルさはもちろん、客観性を保つためであろう。
余計な演出をつけると、そのことによって作り手の主観(思想性)が入ってしまい、観る者が公正な判断をする際のバイアスになってしまうからである。
証言になにかしら第三者の色が付いてしまうからである。
当然、松井監督には彼なりの考えも主張もあるには違いないが、ここではあえてそれを抑えて、実際の証言のみをありのままに提示することに終始し、解釈や判断は観る者の自由にまかせている。
それが証言の信憑性を高めることにつながっている。
監督の松井稔が14名の証言者に依頼したことは、「誰かから聞いた、或いは他の人がやっていたという話ではなく『自分が何をしたのか』だけを話してもらいたい」そして「今、振り返ってみてこう思うではなく、出征前、そして戦地で、まさにその時どう感じたのかを、曖昧な言葉でなく語ってもらう」というものだった。(チラシの映画紹介より抜粋)
生い立ち、学歴、職業、軍隊での経歴や地位など、多岐にわたる14人の証言者。
彼らの口から語られたのは、拷問、大量処刑、生体解剖、細菌実験、強姦、人肉食など、生々しい加害の実態である。
ひょっとしたら、このように言う人がいるかもしれない。
「どうせ役者を使って、中国に都合のいいことを言わせたんだろう?」
「たしかに証言者は実際に日中戦争で戦った元兵士なのかもしれない。だが、彼らは戦後、中国で拘留されている。そのときに徹底的に洗脳されたに違いない」
「帰国した後、“アカ”になった人たちばかり集めたんだろう?」
「中国が制作のバックについているんじゃない?」
観る前にソルティも、そのような可能性もなきにしもあらずと思っていた。
が、そうした可能性は否定せざるを得なかった。
どんな名役者であろうと――たとえば、滝沢修や加藤嘉や森繁久彌や三國連太郎のような――本作に出てくる証言者が示しているほどのリアリティは演じられまい。
彼らは加害者本人に間違いなく、多少の思い違いはあるかもしれないが、証言の内容は明らかに彼らにとって正真正銘の事実である。
また、組織などに洗脳された人間の喋り方には、ある決まった風がある。
だれかに教えられた文句をただ話しているのであれば、ものの10分も聞けば、大概の者は見抜くことができよう。
ソルティは相談の仕事を15年近くやっているが、そのおかげで身についた聴覚や嗅覚を使わなくとも、彼らの発する言葉が洗脳された者のそれでないことは分かる。
だいたい、人生も終わりに近づいて、それなりに安楽な老後を送っていて、妻や娘や息子や孫などもいるというのに、自らの過去の悪事をわざわざでっち上げなければならない理由がない。
社会に向けて赤裸々に告白することで、どれほどの弊害があることか。
自らばかりでなく、愛する家族もまた非難を受ける可能性だってあるのに。
彼らの証言を否定することはできない。
皇軍兵士は確かに大陸で非道の限りを尽くした。
なんの先入観ももたずに本作を観た人間は、それを事実として受け入れるほかないだろう。
そこを前提として、ソルティが思った点をいくつか。
まず、戦時に犯した罪に時効はあるのだろうか?
もう――というか「まだ」というか分からぬが――戦後80年が経つ。
当時の被害者も加害者も残り少ない。
本作の14人の証言者で現在生きている人(100歳以上)は多分いない。(いたらスミマセン)
加害者も被害者もすべてこの世を去った暁には、時効が成立するのだろうか?
戦後生まれで戦争を知らない我々は、「80年以上前のことだから“関係ない”」と言っていいのだろうか?
次に、証言者が共通して口にしている言葉があった。
「国の為、天皇の為だからやるしかなかった」
「上官の命令に逆らうことはできなかった」
「軍隊では自らの勇気や優秀さを周りに示す必要があった」
「当時罪悪感はなかった。なぜなら相手は人間以下のチャンコロだから」
日本人の罪の意識の欠如をテーマにした遠藤周作『海と毒薬』を想起した。
本作は、公開当時に海外でいくつかの賞をもらっている。
英訳され海外で定期的に上映され、DVDも発売されている。
これを観た海外の人々は、まずこれらの証言を事実と受け取るだろう。
そこに日本人の国民性を感得するだろう。
ナチスによるホロコーストの残虐を知った我々が、そこにドイツ人の国民性を見るように。
そして、そのような過去の罪悪を、ドイツとは違って、否定したがる一方の日本という国を信頼できない国と思うだろう。
高市内閣を支持する人たちは、そこのところが分かっているのだろうか?
14人の元兵士たち、よくぞ証言してくれたと思う。
彼らが、終戦後中国で刑に服し、日本に帰国してからの数十年、どういった思いを抱えて生きてきたのか、本作はそこまでは追求していない。
上記の引用にあるように、そこを描くのは本作の目的ではなかった。
それに、どうにかこうにか折り合いをつけながら、戦後55年を生き抜いてきた彼らの心の闇に踏み込むのは、聞き手によっぽどの覚悟と胆力がないとできないことである。
観終わってソルティは思った。
これだけの残虐行為の、被害者となって死ぬより、加害者として生き残るほうが、よっぽどきつい。
おすすめ度 :★★★★★
★★★★★ もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★ 面白い! お見事! 一食抜いても
★★★ 読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★ いい退屈しのぎになった
★ 読み損、観て損、聴き損
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