1995年原著刊行
1997年邦訳刊行
2000年ハヤカワミステリー文庫(飛田野裕子・訳)
原題:A Maiden’s Grave
現代アメリカの代表的なミステリー作家ジェフリー・ディーヴァー。
もっとも有名な作品は、デンゼル・ワシントン、アンジェリーナ・ジョリー共演で映画化された『ボーンコレクター』(1999)であろう。(ソルティ未見)
作家デビュー7年目に発表した本作は、ディーヴァーの最高傑作の呼び声高い。
期待大でディーヴァーデビューした。
期待大でディーヴァーデビューした。
原題 A Maiden’s Grave は「乙女の墓場」という意。主要登場人物の一人で聴覚障害をもつ女性が、有名な讃美歌 Amazing Grace(偉大なる恩寵)を A Maiden’s Grave と聞き違えたというエピソードから取られている。
また、それは本作のプロットを含意している。
3人の凶悪な脱獄犯によって拉致され、廃屋となった食肉加工場に監禁され、人質にとられた聴覚障害をもつ Maiden(乙女)たちの境遇をたとえているのである。
本作の読みどころは、人質を救い出し犯人を投降させるべく派遣されたFBIのネゴシエーター(交渉人)アーサー・ポターと、立てこもりを続ける脱獄犯の首謀者ルー・ハンディとの息詰まる心理的攻防の模様。そして、人質にとられた聾学校の女教師2名と女子生徒8名が、耳が聞こえない・口が利けないというハンディを乗り越えて、いかに危機を脱していくかという点にある。
人質奪還の交渉術についても、聴覚障害者の日常についても、非常によく取材調査していることを伺わせる、リアリティと説得力ある筆致である。
さらに、敵は身内にあり、すなわち、主導権と功績をFBIから奪いたい州警察の暗躍や妨害、特ダネを取りたいマスメディアによる情報漏洩など、いかにも“全米的”な欲得入り乱れの副筋も面白い。
二転三転する先の読めない展開の果てのどんでん返しというミステリーらしさも十分備えている。
二転三転する先の読めない展開の果てのどんでん返しというミステリーらしさも十分備えている。
文庫で上下2巻の長編であるが、いったんハマったら、最後まで徹夜必至のスリルとサスペンスに溺れることだろう。
残念ながら、ソルティはそれほどハマらなかった。
上巻がなかなか読み進まず、挫折してしまうんじゃないかと一瞬思った。
1週間以上かかった。
下巻に入ってからは、さすがにページをめくるスピードが上がって、3日で読み終えた。
それなりに面白かったけれど、これがディーヴァーの“最高傑作”ならば、他の作品を読むのに躊躇する。
その理由を考えるに、少女たちが拉致監禁されるという設定を、読者を惹きつける“キャッチー(仕掛け)”に使っているという点に、どうもすっきりしないものを感じる。
3人の脱獄犯のうち1人は、女性をレイプすることしか頭にない野獣のような男で、図体のデカさや腕力の強さや凶暴性から、小説内では“熊”というニックネームを奉られている。
人質事件の始まりも、脱獄した犯人たちによる路上での強姦殺人の現場を、学校のバスで通りかかった教師や生徒たちが目撃することがきっかけである。
ストーリーの根幹に性暴力が深く絡んでいる。
ストーリーの根幹に性暴力が深く絡んでいる。
して、原題にある Maiden は俗にいう「処女」の意である。
つまり、聴覚障害を持つ教師や美しい少女たちの“純潔”が暴力的に奪われる危機を、エロチックなくすぐりを背後に匂わせつつ、サスペンスを盛り上げる仕掛けとして使っているのである。
ソルティは女性が性暴力を受けるたぐいの話が昔から苦手というか好きでないので、この仕掛けには乗れなかった。
おそらく、多くの女性読者やフェミニストも同じであろう。
また、中年太りのオッサンやもめであるポターが、若く美しく賢い乙女(Maiden)に一方的に愛されるという展開も、世の男性読者の願望を見事に撃ち抜いている。
本作の愛読者は女性より男性が多いのではないか?
ディーヴァーの名誉(?)のために言っておくと、結果的に人質たちの Maiden(処女)は守られた。
危機一髪のハラハラ場面はあったが、レイプされ“凌辱”された Maiden は一人も出なかった。(1名射殺されてしまったが)
ただ一人、生徒たちの目の前で“熊”に暴行されたのは女教師であり、彼女は夫も子供もいるミセスであった。
そこのところもまた、「なんだかなあ~」という気がした。
まるで、「彼女は処女でないから、いいだろう?」とでもディーヴァーが言っているような気がしてしまった。
こんなふうに読むソルティの心が歪んでいるのか?
性的な妄想で病んでいるのか?
でも、わざわざ Maiden をタイトルに持ってくるのは、そこに何らかの作者の下心があると思うのだよなあ・・・・。
tayphuong388によるPixabayからの画像
(ここからネタバレ)
まず、FBIの交渉人ポターを中心とする交渉人チームが、女刑事に成りすましたハンディの恋人を偽者と見抜けなかった点。
普通、会ったこともない人間を人命のかかった重要なチームに迎え入れる前に、徹底的にその相手について調べ上げるだろう。当然、顔写真入りの履歴を取り寄せるだろう。
警察官と犯罪者の区別もつけられない交渉人って頼りになるの?
次に、自ら法の執行者でありながら、ポターたちを裏切って、ハンディら脱獄犯の逃亡に手を貸していたある人物の行動の謎。
その人物は、ハンディらが無事に食肉加工場から脱出して逃げ延びられるよう、陰でいろいろ手はずを整える。
というのも、その人物は自らが理事をしている銀行の不正に絡んでいて、その証拠を消すためにハンディの力を借りたという過去があったのである。
この場合、ソルティがその人物の立場なら、ハンディらを助けるより、人質奪還のどさくさに紛れてハンディらの口封じを行うことを考える。
一生、ハンディに弱みを握られたままでいる桎梏から逃れる、願ってもないチャンスではないか。
助けてどうする!?
よくわからない御仁である。
最後にひとつ。
人質にとられた10人の女性から最強ヒロインが立ち現れる。
彼女の名はメラニー。
最初のうちは大人しくて泣き虫で自らの意志を持たない人形のような軟弱な女性として描かれる。
が、仲間たちの犠牲を前に俄然覚醒し、エイリアンと闘うシガニー・ウィーバーさながらのスーパーウーマンへと変貌する。
自らの内に隠れていた強さに気づいたのである。
ラストシーンでの復讐の女神ぶりは、清々しいほどのカタルシスをもたらす。
ソルティ思うに、このメラニーという名前とパーソナリティは、『風と共に去りぬ』のメラニーから思いついたのではないか?
スカーレット・オハラの初恋相手であるアシュレ・ウィルクスの妻として、良妻賢母、いつも穏やかで思いやりに満ち溢れ、表立って目立つような言動はつつしみ、周囲の人々から慕われるメラニー。利己的で世の批判を一身に浴びるスカーレットをいつもかばってくれるただ一人の親友。
そのメラニーが、実は登場人物中、一番強い心の持ち主であることが、マーガレット・ミッチェルの書いた大河小説の最後に明らかになる。
メラニーという女性名を、『風と共に去りぬ』のメラニー像と切り離して考えることは、おそらく米国人には難しいのではないか。
メラニーは、一見たおやかなれど実は芯の強い女性の代名詞なのである。
『風と共に去りぬ』でメラニーを演じたオリヴィア・デ・ハヴィラント
おすすめ度 :★★★
★★★★★ もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★ 面白い! お見事! 一食抜いても
★★★ 読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★ いい退屈しのぎになった
★ 読み損、観て損、聴き損



