2019年講談社

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 先日、半蔵門ミュージアムに行ったときに購入した本。
 水野敬三郎(1932- )は、美術史学者にして日本の仏像研究の第一人者。半蔵門ミュージアム館長を2019年3月まで務めていた。(現在、名誉館長)
 ソルティが目下学んでいる奈良大学通信教育の美術史概論のテキストも、水野敬三郎監修『日本仏像史』(美術出版社)である。
 業績と言い、後進への多大なる影響と言い、日本の仏像研究界の大長老と言ってもいいんじゃなかろうか。
 ソルティは他に、水野が1985年に出した『奈良・京都の古寺めぐり 仏像の見かた』(岩波ジュニア新書)を読んでいる。
 いずれの本も、仏像の歴史や一つ一つの仏像のつくられた背景、造仏の技術面など、水野の該博にして深い知識は今さら言うまでもないことだが、ソルティがもっとも唸らせられるのは、仏像の像容を解説する際の水野の表現力の巧みさである。  
 豊富な語彙、適確な言葉の選び方、目の付けどころの鋭さ、仏像が観る者に与える印象をわかりやすく品格もって言語化する文学センス。
 どうやってこのような表現力を身に着けたんだろう?
 表現したいことをなかなかうまく言語化できないもどかしさにいつも苛立つソルティは、我が言語脳の未熟な配線を思い知らされるのである。(同じ思いはナンシー関のエッセイを読むときにも起こる)

 それはさておき、この本、面白かった。
 ソルティは仏像鑑賞のためのガイドブックのたぐいを数冊持っている。
 大概、まずはじめに仏像のつくられた歴史や日本に入ってきた経緯が簡単に記される。
 次に、仏像を見分けるのに役立つ基礎知識(衣装、髪型、表情、手のかたち、持物、姿勢、光背、台座などの種別)が解説される。 
 そして、各論的に仏像の種類ごと(如来・菩薩・明王・天部など)に章を分けて、ひとつひとつの仏像の特徴が紹介される。如来なら、釈迦如来・阿弥陀如来・大日如来・薬師如来・昆廬舎那如・・・といったふうに。
 これはこれで勉強になるし、鑑賞の役に立つし、人に蘊蓄を垂れる際の虎の巻となるのだが、肝心の仏像の見方という点では、表面的過ぎるきらいがある。
 目の前の仏像の名前を知り、造られた年代や素材を知り、衣装や髪形や手のかたちや持物や姿勢などをガイドブックを参考に確認し、「ハイ、終わりました」となってしまう可能性がある。
 それだけではもったいない。
  • だれが、いつ、どういった理由から、仏像を造った(造らせた)のか?
  • その種類の仏像を選んだ理由は何か?(たとえば、薬師如来なら病気平癒の為)
  • その素材を用いた理由は何か?(たとえば、運慶は北円堂の弥勒仏を造るのに、当時一般的に用いられていたヒノキでなくカツラを使った)
  • その時代の仏教信仰はいかなるものか?
  • その時代の美意識はいかなるものか?
  • 中国や朝鮮半島の影響をどの程度受けているか?
  • 仏師の新たな工夫はどこに見られるか?
  • 時代によって、どのような変化(様式)が見られるか、またその背景には何があるか?
  ・・・・等々

 こういったところまで想像の翼を広げてこそ、仏像鑑賞の面白味や醍醐味はあろう。
 シャーロック・ホームズが目の前に置かれた一通の手紙から、会ったことのない差出人のことを推理して、詳しくその素性を語ることができるように、仏像研究者は仏像を手掛かりにいろいろなことを推察する。
 仏像がつくられた時代の社会風潮や文化や政治や国際関係、人々の信仰や苦しみや願い、とくに仏教に対するスタンス、施主(注文主)と仏師(作り手)の関係、造仏技術の進歩・・・e.t.c.
 本書はまさにそのような“一歩進んだ仏像のみかた“のノウハウを伝えてくれる。
 仏像ビギナーの聞き手がミズノ先生に問いかけるQ&A形式なので、読みやすく、わかりやすい。
 各時代の有名な仏像を掲載したカラー口絵はじめ、ミズノ先生の説明の理解を助けるイラストもふんだんにある。
 ソルティがこれまでに観てきた仏像が多く紹介されているが、読後、もう一度実物を“ミズノ目線”で見直したいという思いに駆られた。

 以下、ソルティが「へえ~、そうだったのか」と感嘆の声を上げた知見を紹介。

ミズノ:じつは、日本の仏像は、コーカソイドとモンゴロイドがごちゃまぜになった顔なのです。そのごちゃまぜになった顔が基本になって、そこからいろいろな顔立ちが表現されています。

 コーカソイドは白色人種・ヨーロッパ人種、モンゴロイドは黄色人種・モンゴル人種である。言うまでもなく、中国人・朝鮮人・日本人は後者である。 
 仏像が最初にガンダーラでつくられたとき、ギリシア・ローマ文化の影響を受けて、顔立ちはコーカソイドであった。鼻根が高く、鼻筋が通っている、ルシウス(=阿部寛)系である。
 大乗仏教とともに仏像が中国に伝わると、仏像の顔はモンゴロイド系いわゆる「平たい顔族」に変貌した。
 が、興味深いことに、如来や菩薩の鼻だけはコーカソイドのままだった。
 6世紀に日本に仏教が到来し、日本でも仏像がつくられ始める。
 やっぱり、日本でも完全モンゴロイド化せずに、鼻だけは高さを保った。
 一方、如来や菩薩以外の仏像(明王や天部など)の鼻は普通にモンゴロイド化した。
 ミズノ先生は「当時の人々がコーカソイドの鼻のかたちになにか聖なるものを感じていたのではないか」と推測している。
 今でも、日本人が整形したいパーツの第1位は「鼻」のコーカソイド化だもんね。

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コーカソイドの仏像

ミズノ:日本では平安時代後期に寄木造り、内刳りが流行しました。つまり像の中は空洞です。そこで目を刳りぬいて内刳りの中から水晶のレンズをあてる玉眼という技法が誕生したというわけです。
 
 玉眼で最も有名なのは、興福寺北円堂の無着・世親像であろう。
 2つの像がまるで生きているように見えるのは、まさに表情をたたえたあの瞳の輝きのためである。
 玉眼は中国にはなく、日本で発明されたのだという。
 仁平元年(1151)奈良・長岳寺の阿弥陀像がもっとも古い使用例で、像の作者は運慶の父・康慶ではないかという研究者もいる。

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奈良国立博物館・仏像館の展示

ミズノ:人間には、男女を問わず実の体型と虚の体型がある。実の体型というのは、胸が厚くて前に張り出して、お腹のほうがひっこんでいる。虚の体型は逆に胸が薄くて後ろに引けて、お腹のほうが前に出てくる。

 実の体型の人は朝に強い「朝型」、虚の体型の人は夜になると元気が出てくる「夜型」なのだそうだ。
 漢方で言う「陽」の体質と「陰」の体質に相応するように思われる。
 平たく言えば、「ガッシリ系」と「なよなよ系」みたいな感じか。
 仏像にも虚の体型と実の体型があって、初期のガンダーラの仏像はみな実の体型だった。ガッシリしている。
 中国にも実の体型のまま伝わってきたが、6世紀北魏時代に虚の体型に変わったという。
 日本に入ってきた仏像は北魏の仏像がもとになっているので、虚の体型から始まった。
 法隆寺の百済観音はまさに虚の体型の典型。(たしかになよやか)
 これが7世紀後半くらいから初唐の影響を受けて、だんだん実の体型に変わっていく。
 平安初期の神護寺の薬師如来像、新薬師寺の薬師如来像などは完全に実の体型。
 平安後期になると、定朝が出てきて「仏の本様」は虚の体型になる。
 これは浄土信仰の流行と関連し、浄土にやさしく迎えいれてくれる阿弥陀如来には虚の体型こそふさわしかったからではないかとミズノ先生は言う。
 鎌倉時代になると、やはり強さを求める武士の影響からか、実の体型が好まれるようになる。

神護寺薬師如来
神護寺薬師如来

ミズノ:もともと建築用材であったヒノキを使って、しかも製材した角材を像の中心で左右から合わせて仏像をつくってしまうというのは、非常に大きな意識の変化だと思います。一木造における、仏像の中枢部に対する畏敬の念とか、木そのものに霊性が宿るという観念、あとは奈良時代以来の檀像の意識とかが、次第に薄れてきた結果といえるかもしれません。

 「大理石の塊の中にすでに像が内包されている。私の仕事はそれを取り出すことだけだ」と、かのミケランジェロが言ったとか言わなかったとか・・・・。
 要は、西洋の彫刻は大理石の大きな塊を外側からノミで削っていき、形を整えていく。
 木造彫刻の場合も、一本の太い丸太を削って、像を整形していくイメージがある。
 そこで、ミケランジェロに比すべき芸術家である運慶が、一本の丸太の前に無念無想で座し、木の中にいる大日如来を感得している絵が思い浮かぶ。
 しかし、これは見当違いの想像であった。
 確かに平安時代中期までの木造の仏像は、頭部と胴体部を同じ一本の木から彫り出す、いわゆる一木造であった。
 が、藤原時代に定朝が出現してから後は、頭と胴体部を複数の材木を寄せてつくり、さらに像内を深く内刳りする寄木造が主となったのである。
 運慶や快慶をはじめとする鎌倉仏師たちは、寄木造の手法を用いて仏像をつくった。
 寄木造の利点として上げられるのは以下の通り。(勉強の成果
  1. 内刳りがしやすい(像が軽くなる、内部に物が入れられる)
  2. 分業により作業の効率化が図れる(いわゆるプレハブ工法)
  3. 大きな像の制作が可能(木の大きさに限定されない)
  4. 輸送にも便利(分解して運べる)
 たった2か月余りで完成した東大寺南大門の仁王像のように、大規模な仏像の制作を短期間で行うことが可能になったのは、寄木造が発明されたればこそである。
 一木造から寄木造へ。
 この変化を単に、機能性や利便性や作業効率の点からばかり考えてはいけないよ、とミズノ先生は言っている。
 寄木造は、仏像の頭と胴体をいくつかに分割して作る。
 仏の頭や顔を割る。
 たしかに、それは大きな意識の変化がなければ簡単にはできないことである。
 家をつくるのとはわけが違う。
 古来あった仏像や神木に対する畏敬の念が、消失とは言わないまでも、合理性の前に薄まったのである。
 ひょっとしたら、一木造に最後までこだわっていたために時代の波に乗れず、消え去っていった仏師もいたやもしれない。

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康成作、金峯山寺仁王門・金剛力士立像(南北朝時代)
像高約5mの像を吉野山から奈良国立博物館まで運び入れることができるのも寄木造りなればこそ

 知れば知るほど、仏像鑑賞の奥の深さに感じ入る。
 今年もいろいろな仏像との出会いが待っている。
 “敬派”のはしくれとして鑑賞眼を磨いていきたい。




おすすめ度 :★★★★

★★★★★
 もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損