2025年フランス・カナダ
146分

けものがいる

 原題は La bete
 フランス語で「獣」の意。
 ヘンリー・ジェイムズの『密林の獣(The Beast In The Jungle)』という小説が元ネタだというが、原作とはまったく別物と考えていいだろう。

 本作はいろいろな映画を思い起こさせる。
 一番近いのはウォシャウスキー姉妹(もと兄弟)の撮った『クラウドアトラス』ではないかと思う。
 つまり、輪廻転生をテーマにした人間ドラマなのである。

 3つの時代が行き来され、ガブリエルという名の女性と、ルイという名の男性の、互いに強く惹かれ合いながら結ばれることのない関係が描き出される。

 まず、20世紀初頭のパリの上流社会。
 人形制作会社の社長夫人でピアニストのガブリエルと独身貴族のルイは、パーティでの再会をきっかけに何度も逢瀬を重ね、関係を深めていく。
 しかし、ガブリエルの抱える精神的問題――自分も世界もやがて破滅するという予感――や人妻という立場がネックとなって、2人は結ばれることのないまま、人形工場の火災に巻き込まれて死んでしまう。

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SecouraによるPixabayからの画像

 次は、2014年のロサンゼルス。
 売れないモデルのガブリエルは、30歳にして童貞のルイにストーカーされる。
 ガブリエルはルイを受け入れようとするが、自らの人生や社会を呪うルイの心をほぐすことはできず、仮住まいの豪邸のプールでルイに射殺されてしまう。

 2025年、なにか破滅的なことが人類に起こった。(これはくわしく語られない)
 その結果、人間社会はAI管理社会に移行し、人類の多くはAIに仕事を奪われる。
 感情を制御することのできる人間だけが高等な仕事を与えられ、それができない人間は単純労働しか与えられない。
 感情を制御するためには、DNAを浄化することによって前世から持ちこしたトラウマを取り除く作業が必要で、それには専用の装置に入って、自らの前世を追体験しなければならない。

 2044年、単調な仕事に飽き飽きしたガブリエルは、やりがいある仕事を得るためにDNA浄化を考える。
 が、自らの感情を失ってしまうことに大きな不安を覚える。(感情を失えばもちろん恋もできなくなる)
 そんなとき、自分と同じく職探しをしているルイと出会う。
 DNA浄化を決断したガブリエルは、装置の中で自らの前世をたどり、繰り返されるルイとの関係を記憶によみがえらせる。
 20世紀初頭のパリで、2014年のロスで、前世で幾たびも出会い、互いに惹かれ合い、結ばれる直前まで行きながら、それぞれの不安や自信の欠如や恐れから成就することのなかった恋の相手だったことを知る。
 それを知ったいま、何百年の時を超えてついにルイと結ばれる時が来たと喜びにときめくガブリエルだったが・・・・・。

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Hello Cdd20によるPixabayからの画像

 20世紀初頭のシーンは、上流社会の贅沢な生活ぶりとそこで交わされるウィットに富む会話のさまが、ヴィスコンティの『イノセント』やアラン・レネの『去年マリエンバードで』を想起させる。
 オペラ『蝶々夫人』やシェーンベルクの音楽などが言及されるなど、全体に文芸調である。この部分はヘンリー・ジェイムズの小説世界にもっとも近い。
 1910年1月に起きたセーヌ川氾濫によるパリ水没など、実際の事件を取り入れてリアリティを高めている。

パリの洪水

 2014年のシーンは、ストーカーにつけ狙われる若く美しい女性というプロットのため、『サイコ』を筆頭とするサイコサスペンス映画の様相をみせる。
 ここでも、2014年8月に起きたマグニチュード6のロサンゼルス地震をサスペンスを高めるのに利用している。

 2044年のシーンは、近未来という点でSF仕立てである。
 科学(AI)が人類を支配する社会、人類の感情が平板化しロボット化する社会という点で、『マトリックス』や『ガダカ』あたりを連想する。
 DNAに書き込まれた前世のトラウマを取り除き、感情に振り回されない人間になることが求められるという設定が、あたかも、瞑想修行によって悟りをひらき「欲(貪)」と「怒り(瞋)」と「無知(痴)」によって駆動する輪廻転生からの解脱を目指す仏教の言説をなぞっているようで、面白かった。
 たしかに、仏道を徹底するところに恋愛は成立しない。 
 人間的感情を捨象したところに仏教の悟りはあるからだ。
 その意味では、ジブリの『かぐや姫の物語』とも符合する。

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 コスチュームプレイとサスペンスとSF、そして恋愛とスピリチュアル。
 1つの作品で5つの映画を観たようなオトク感がある。
 写実に富みながらもスタイリッシュな映像も見ごたえ十分。
 同一のセリフやシチュエイションを3つの時代で共起させ、輪廻転生の不可思議を感じさせる脚本もよくできている。
 おそらく、一度観ただけでは設定や構成がわかりにくく、無駄に長いと感じる人も多いかと思う。
 が、観るたびに作り手が仕組んだ仕掛けを発見するパズルのような映画と思う。
 ソルティは気づかなかったが、主役の2人(ガブリエルとルイ)以外にも、3つの時代に共通して登場する転生者、すなわち同じ役者がいるのではないかと思う。 
 そもそも、「けもの」とはいったい何なのだろう?




おすすめ度 :★★★★

★★★★★
 もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
★     読み損、観て損、聴き損