2014年日本
97分、アニメ
原作 臼井儀人
脚本 中島かずき

クレしん・ロボとーちゃん

 原恵一が監督した『嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲』(2001)と『嵐を呼ぶ アッパレ!戦国大合戦』(2002)は、クレヨンしんちゃん映画シリーズの2大傑作としてつとに知られている。
 その後の作品を作るスタッフにとって、「超えられない壁」となって立ちはだかっている。
 本作は、両作を凌ぐほどではないにせよ、それに次ぐ感動作として上げられることが多い。

 タイトルどおり、しんちゃんの父親・野原ひろしが悪組織の手でロボットにされてしまうことで起こる大騒動が基本プロット。(実は、ひろしの記憶がロボットの脳というかAI?にコピーされただけで、本物のひろしは悪組織の実験室で意識不明のまま捉えられている)
 「ウチの父ちゃんが、何でもできるロボットだったらいいなあ~」という子供たちの願いをテーマに設定したのである。
 ロボとーちゃんの八面六臂の活躍や、しんちゃん・ひろし・ロボとーちゃんがタッグを組んでの悪組織との対決シーン、そしてロボとーちゃんとの別れなど、子供が喜び感動するストーリーテリングはさすがである。
 しんちゃんならではのお下品や下ネタは、『週刊漫画アクション』連載時代からのお約束なので、目くじらを立てるのはお門違い。
 『クレしん』に子供を連れて行く親たちは、そこを当然と理解した上で鑑賞しているはずである。
 それが受け入れられない親には、『ドラえもん』シリーズがある。

 一方、そうしたお下品や下ネタがあるからという理由とはまったく別に、『クレしん』は“大人でも楽しめる”作品と言われることが多い。
 その称号を得るのに寄与した代表的作品が、まさに『オトナ帝国の逆襲』と『戦国大合戦』なのである。
 本作もまた、“父権の失墜”という、戦後日本に顕著にみられるようになった社会的現象が、主要モチーフとして取り上げられている。
 妻の尻に敷かれ、子供には煙たがられ、濡れ落ち葉となって休日の公園に屯する父親たち。
 父親の権威も威厳もありゃしない。
 「地震、かみなり、火事、親父」はいつ時代のことやら?
 子供の隣で本作を観る父親たちの共感と哀感を呼ぶことは十分予期される。
 つまり、「父親とは何か?」が隠れテーマとなっているのである。

 ソルティは父親でないので、残念ながらそれほど感動しなかった。
 父親である鑑賞者は、本作を観て、感じ考えるところ大かもしれない。
 ただ、「愛する家族を守るために戦うのが父親(あるいは男)」という、本作が観た者にインプットするであろう概念は、国家に利用されるとそのまま戦争を肯定する言説につながるようで、ソルティは昔からあまり好きでない。

国と父権



おすすめ度 :★★

★★★★★ 
もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損