地図を見たら、表参道駅から徒歩5分というアクセスの良さ。
1/24(土)の午前2回、午後2回の計4回、各40分の説明&見学会が実施される。
ここ数日、東京でも日中ヒトケタ台の寒さが続いてアウトドアは厳しいが、超厚手スパッツとマフラーで防御すれば何とかなるだろう。
13:00からの回に参加した。

表参道
突きあたりに明治神宮
日が照って風もなく、思ったより寒くなかった


浄土宗善光寺
1601年(慶長6年)創立
青山通りに面して建つ
江戸時代、青山は善光寺の門前町であった
江戸時代、青山は善光寺の門前町であった

2016年東京都が青山北町アパートの建て替えと再開発計画を発表
その工事現場が会場である
その工事現場が会場である

青山通りの歩道橋から工事現場を臨む
広い!

UR都市機構による開発
住宅棟のほか商業施設も作られる模様
“オサレ”な1等地だもんね~

図のA1、A2はすでに完成している
現在工事中はB1部分
ここの遺跡を順次発掘している

発掘を行っているのは多摩市にある東京都埋蔵文化財センター

工事現場、兼、発掘調査現場
画像はここまで。
撮影OKだったが、調査途中なのでネットに上げるのはNGとのこと。
現場説明会に行くのははじめてだったので、どのくらいの人が来るのか見当つかなかった。
寒いし、大々的に告知もしてなさそうだし、ひょっとしてソルティひとりだけの可能性もなきにしもあらず・・・・・
――なんて思っていたら、とんだ世間知らず。
ざっと100人近い参加者がいた。
それも老若男女入り混じり、子連れの若い夫婦や高校生らしきもいて、遺跡発掘に対する関心の高さに驚いた。
まあ、近所の住民が多かったと思うが・・・・・。
東京都埋蔵文化財センターの職員さんから概要の説明を受けたあと、二手に分かれて発掘現場を見学した。
これまでの発掘調査で、旧石器時代、縄文時代、古代~中世、近世、近現代の遺構と遺物が発見されているという。
- 旧石器時代: 黒曜石製の石器1点
この近くで黒曜石が採れたのは、伊豆の神津島、箱根、長野の和田峠である。つまり、そのどこかと交易があった。 - 縄文時代: 陥し穴(おとしあな)2基
鹿や猪などの獲物を追い込んで罠にかけたものと思われる - 古代~中世: 大型の陥し穴1基
- 近世: 多量の陶磁器等を廃棄した土坑や柱穴、耕作痕
江戸時代、このあたりには青山百人組同心(鉄砲隊)の屋敷があった - 近代: 青山師範学校の建物跡
- 現代: 青山北町アパートの前身に関連すると思われる建物の礎石や簡易便所の埋甕など

青山師範学校
東京学芸大学(小金井市)の前身校の一つ
- 明治6年(1873)東京府庁舎内に開設された小学校教員講習所が始まり
- 明治33年(1900)北青山に新校舎を建てて移転
- 明治41年(1908)校名を「東京府青山師範学校」とする
- 昭和11年(1936)世田谷区下馬(現・学芸大学附属高校)へ移転
その後も、空いた校舎をいくつもの中学校が臨時的に使用していたが、昭和20年(1945)5月の山の手大空襲で焼失。
しばらく仮設住宅があったと思われるが、「もはや戦後ではない」という言葉が生まれた翌昭和32年(1957)、青山北町アパートの建設が始まった。
今回見学した青山師範学校跡の下の地層(関東ローム層)には、江戸時代の屋敷跡があり、その下には古代~中世の遺構があり・・・・・。
同じ一つの土地にいくつもの時代が重なって、いくつもの人間の暮らしがあったという、当たり前のことを実感した。
青山師範学校の建物跡から見つかったレンガには桜の刻印があり、そこからそれが小菅刑務所(現・東京拘置所)の囚人たちによって作られたものであることが分かるとか、戦争末期の校舎内に「待避所(退避所ではない)」と呼ばれる穴が設けられ、空襲の際いったんそこに逃げ込んだ生徒たちは、火事になったら穴から飛び出て消火活動することが課せられたとか、遺跡から見えてくる歴史の深さ・面白さに唸らされた。
現地説明会、楽しい!
今後も機会を見つけて、足を運んでみよう。
新たな趣味の発掘か(笑)
おみやげにもらった3 in 1充電ケーブル

