2021年風響社

IMG_20260206_030221~2

 エヴェン・トンプソン著『仏教は科学なのか 私が仏教徒ではない理由』で批判されていたモダニズム仏教の起源が、植民地時代のミャンマーやスリランカなどのテラワーダ仏教国にあるというので、気になって検索してたら本書に当たった。
 著者は、1950年生まれの社会人類学者で、専門は南アジア研究。1981年から40年以上にわたってスリランカで現地調査をおこなってきたという。

 本書の構成は、必要な前提知識と見取り図を授けてくれる序論に続き、第1部がアナガーリカ・ダルマパ-ラというスリランカ人についての評伝的研究、第2部がダルマパーラ没後のスリランカにおける仏教ナショナリズムの展開とその遺産、となっている。
 どうやらアナガーリカ・ダルマパーラ(1864-1933)こそは、スリランカにおける仏教モダニズム誕生の立役者、および現在も続く仏教ナショナリズムの生みの親とみなされているらしいのだ。
 はじめて聞く名であった。

 学術書なので人名・書名・固有名詞・引用・注釈が非常に多く、この手の物を読み慣れていない人間(=ソルティ)にはいささかわずらわしい。
 当然、スリランカの歴史(とくに近現代史)・宗教史・民族史・政治史が語られていくが、その複雑さと過激さに頭がくらくらした。(これにくらべると、日本の歴史・宗教史・民族史・政治史はいかにすっきりして単調であることか)
 叙述は論理的で、文章(語彙)はわかりやすい。章末ごとに概要をまとめてくれているので論旨もつかみやすい。
 そもそもが、植民地からの独立そして現代に続く宗教紛争というリアルな動乱の歴史ドラマなので、興味深く読むことができた。
 ソルティなりに流れをまとめると、

 16世紀以降、スリランカは、ポルトガル⇒オランダ⇒イギリスの植民地とされ、西洋文化とキリスト教の流入を許した。19世紀に入ると、アナガーリカ・ダルマパーラを中心とする独立を志すエリートたちは、近代化された仏教(仏教モダニズム)を焚き付けにナショナリズムの炎を勢いづかせ、民意統一をはかった。1948年スリランカは平和裡にイギリスから独立。が、その後、先鋭化した仏教ナショナリズムのために、古くから共生してきたヒンズー教徒やイスラム教徒と対立を深める結果となり、いまにつづくテロリズムの横行に至っている。

1882767_s

 面白いのは、キリスト教(主にカトリック)の島への流入によって危機感を抱いたダルマパーラが、それと対抗して仏教の優越性を説くのに用いた手段が、仏教のプロテスタント化にあったという点である。

ダルマパーラはプロテスタンティズムからカトリシズムを批判するときの道具立ての儀礼主義と偶像崇拝、具体的には儀礼、聖職者、迷信、儀式、天国、地獄などの存在への信仰を批判して、科学的仏教へと衣替えすべきことを主張する。(本書より引用、以下同)

要するに、ダルマパーラの仏教改革は、宗教的にはプロテスタンティズムの影響をうけた、仏陀一仏・呪術排除・現世内禁欲主義などを特徴とする社会改革運動であった。これはもともと多分に神衹・鬼霊信仰などとの「混淆的(syncretic)」な色彩をおびていたシンハラ仏教体系を、釈尊仏陀の威光のもとに一元化しようとする構想に貫かれたものにほかならなかった。逆に、呪術的信仰は、「原始的」な「迷信」とみなされ、仏陀一仏のみを信ずることが要請された。そのさいに批判の対象となったのが偶像崇拝と儀礼主義である。

 上記のシンハラ仏教とは、スリランカの総人口の約7割を占めるシンハラ人が古くから信仰してきた仏教、いわゆるテラワーダ仏教のこと。
 スリランカのテラワーダ仏教は、紀元前243年に仏教が島に到来してからの長い年月の間に、悪魔祓いや星占いといった迷信や呪術的要素を包含し、偶像崇拝と儀礼主義がまかり通る、初期仏教視点からすれば“異教的”なものに、近代的視点からすれば“原始的”なものに堕していたのである。
 このままではキリスト教ひいては西洋近代文化に太刀打ちできないという焦りが、ダルマパーラをつき動かし、“西欧流の路線に則った近代的仏教を目指す仏教改革運動に邁進させた。
 奇しくも、イギリスの植民地政策によって西洋の近代的教育を受けられるようになった島のエリート層の若者たち(もちろんダルマパーラもその一人)は、近代思想や近代的価値観を身に着けていた。その結果、旧態依然とした国の制度や文化や宗教を変えなければならないと思ったのである。
 ある意味、イギリスはスリランカを支配すると同時に、スリランカ独立の種をまいたってところか。

 こうして、植民地からの独立を目指すナショナリズムと、西洋世界に通用するシンハラ仏教の確立を目指す近代主義(仏教モダニズム)とが合体して、シンハラ仏教ナショナリズムが誕生した。
 それが、“唯我独尊”の排他的なものに転じていくのはナショナリズムの宿命である。(注:ここで用いた“唯我独尊”は仏教的意味ではなく、「世の中で自分が最も優れていると自惚れること」の意です)

ダルマパーラの転機は、仏教を通じて普遍的真理へ到達するという普遍主義から、仏教が最上の宗教であり、他宗はこれを阻害する要因になるという排他的なイデオロギーへの転換であった。こうした排除の論理は、シンハラ民族・仏教徒・アーリヤ「人種」の三位一体によって構築されたシンハラ仏教ナショナリズムのかたちをとって後世に大きな影響を残している。それは反面でタミル民族、異教徒(キリスト教、ムスリム、ヒンドゥー)、ドラヴィダ「人種」を仮想敵として激しく排斥する。

 アーリヤ人種って言葉に不吉な響きを感じた人は正解。
 ナチスドイツがドイツ民族の“アーリヤ”性(サンスクリット語で「高貴」を意味する)を顕揚するためにこの言葉を用い、非アーリヤ人であるユダヤ人を迫害する根拠としたことはよく知られている。
 一般に、アーリヤ人とは、紀元前に中央アジアの高原地帯で遊牧生活を営んでいた民族を祖先とする人々のことを言うが、その一部が紀元前2000~1000年ごろにインドやイランに移動したとされている。
 ダルマパーラは、シンハラ人がこの由緒あるアーリヤ人の末裔であるとし、ナチス同様、「アーリヤ人こそ世界一の優等人種」という言説を広め、ナショナリズムを高める手段としたのである。

アウシュビッツ
アウシュビッツ収容所

 読んでいると、黒船到来後の日本の歴史を重ね合わせてしまう。
 日本は幸か不幸か植民地にこそならなかった。
 が、当時の人々にとって、列強に飲み込まれる危機感は相当なものだったろう。 
 そこで、「富国強兵・殖産興業」による猛スピードの近代化がはかられた。
 その過程で民意統一のためのナショナリズムが要請され、天皇を神とする神道が利用された。いわゆる「神国日本」だ。
 江戸時代を通じて檀家制度によって民衆の間に根付いていた仏教は、排斥された(神仏分離)。
 一方、政治や法制度や産業や教育などあらゆる分野での欧化が急がれた。 
 鹿鳴館に象徴される近代化と、神道に象徴されるナショナリズム。
 この2つを両輪として、大日本帝国は列強入りを目指して爆走した。
 そのゴールがどこにあったかは言うまでもない。

 日本ほど徹底的な破滅には至らなかったまでも、19世紀に列強という大蛇に睨まれたアジアの蛙たちは、多かれ少なかれ、同じような受難の道を歩まざるを得なかった。
 スリランカの場合、それが独立後に長く続く宗教民族紛争という形をとったのである。
 ダルマパーラが没して15年後、スリランカは独立を果たした。
 第2部では、その後の仏教徒とヒンズー教徒との、あるいは仏教徒とイスラム教徒との衝突やテロリズムの様相が描かれている。
 ヤクザのシマ争いさながらの滅茶苦茶ぶり。
 ソルティは、これまでキリスト教やイスラム教にくらべれば、仏教は暴力を好まない平和的な宗教と思ってきた。
 が、本書を読むと、「仏教よ、お前もか・・・」といった感慨を持たざるを得ない。
 戦うべき敵を見出した仏教徒にとっては、たくさんある仏教説話の中から、暴力を正当化するエピソードを見つけ出すのは容易なのである。

宗教は、国家ともに社会を大きく統合するための、おおきな物語を提供する物語である。それだけでなく、とくに近代の宗教は、社会・政治よりも人びとの内面により深く関わる制度にもなった。宗教は人々の精神性・内面性を支配する最強の原理となったのである。こうして、人びとは自らの生存の原理を宗教に深く委ねることになる。それがナショナリズムと連動するとき、自らの存在を脅かす外部の力にたいしては、生存を賭けた闘いをいどむ結果にもなる。現在各地で起こっている宗教民族紛争は、こうした建前としての近代的政教分離主義と、人びとの内面により深く浸透した宗教が矛盾し、また反近代を旗印に提携したときに、もっとも危険な暴力性をもつことをしめしている。スリランカからインドにかけての混乱は、そうした近代の矛盾を抱えた世界の縮図である。
 
makyfoto-monster-571215_1280
Markéta BouškováによるPixabayからの画像

 最後に一点。
 青年時代のダルマパーラの人格形成に非常に大きな影響を与えた組織があった。
 神智学協会。
 ロシア生まれのブラヴァツキー夫人とアメリカ生まれのオルコット大佐らが1875年にニューヨークで設立した神秘思想団体である。
 神智学協会がどういう団体かを説明するのは難しいのだが、現代日本人の平均的感覚でもって言うなら、「あやしげなオカルト団体」であろう。
 チベットに棲む聖者だとか、永遠の時を生きるサンジェルマン伯爵だとか、カバラだとか、グレート・ホワイト・ブラザーフッド(大白色同胞団)だとか、アストラル界だとか、まさに月刊『ムー』てんこもり。
 実際、いまのスピリチュアルブームの元締めみたいな存在なのである。
 それが、19世紀後半から20世紀初頭にかけて、文字通り世界を席巻した。
 この時代の東洋と西洋とのかかわりを論じるどんな書物を開いても、まず、神智学協会の名前を見ないことはない。
 ダルマパーラだけでなく、マハトマ・ガンジー、トーマス・エジソン、ルドルフ・シュタイナー、鈴木大拙など、世界の著名人たちが、多かれ少なかれ神智学協会に関わっている。
 本書では、神智学協会がインドやスリランカで果たした役割について結構ページが割かれている。霊的側面のみならず、政治的・社会的側面においても大きな影響をもっていたのである。
 近代史におけるスピリチュアリズムの意味合いを軽んじてはいけないのかもしれない。

 ソルティは、神智学協会と言えばたちどころにクリシュナムルティを想起する。
 インドの貧しい家に生まれたジッドゥ・クリシュナムルティ少年を一目見て、「世界教師」の器と見抜いたのが、神智学協会の大物リードビーダーであった。
 クリシュナムルティはリードビーターによってイギリスに連れていかれ、当時の会長であったアニー・ベサントの屋敷に住み、将来協会を率いる指導者となるべく英才教育された。
 しかるに、最終的には神智学協会と袂を分かって、独自の道を進む。
 その後のクリシュナムルティの活動と今に至る影響力の大きさを思うと、当初の目的こそ叶わなかったものの、世界教師になるという予言は当たったと言える。
 少年愛の悪評高く毀誉褒貶さまざまなリードビーターであったが、どこぞの誰かさんと同じく、タレントを見抜く目は確かだった。

若い日のクリシュナムルティ
若き日のクリシュナムルティ





おすすめ度 :★★★★

★★★★★ 
もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損