2020年講談社

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 昨今の仏像ブームを牽引するトップランナーが運慶であることは言うまでもない。
 昨秋トーハク(東京国立博物館)で開催された『興福寺北円堂展』はたった7体の仏像の展示にもかかわらず、約80日の会期で入場者30万人を超えたというし、主要作品22体を集めた2017年の本格的な『運慶展』では約60日で60万人が殺到した。
 単独の仏師でこれだけ高い動員力を誇り話題沸騰するのは、ほかに快慶くらいしか思い浮かばない。
 が、絵画的で静謐感ある快慶の作風は運慶にくらべると地味目で、造った像の種類も運慶ほど多彩ではないためか、動員力では運慶に水をあけられている。(2017年4-6月に奈良国立博物館で開催された『快慶展』は入場者12万人強であった)
 なんと言っても、2008年にニューヨークのオークションに出品された運慶作の大日如来像が14億円で落札されたというニュースが、運慶ブームに火をつけたのは間違いなかろう。
 まさに、猫も杓子も運慶サマサマといった態で、運慶の名を冠した本もたくさん出版されている。

 本書もそうした流れの中で書かれ出版されたものの一つと言っていいと思うのだが、ほかの運慶“推し”本とちょっと毛色が異なるのは、この空前の運慶ブームに水を差してクールダウンさせる内容になっている点である。
 「天才」「天下無双」「朝廷からも幕府からも持て囃された鎌倉彫刻の第一人者」「奇跡を呼び起こす霊験仏師」「一人で何十体もの傑作を彫り上げたスーパースター」「日本彫刻の集大成を担った芸術家」といった言葉やイメージで語られる運慶論に「待った」をかけ、事実をもとにした冷静な視点で運慶という仏師を客観的に評価することを提議している。
 もっとも、ターゲットはソルティのような素人仏像オタクではない。
 素人が好き勝手言うのは誰にも止められないし、そこに学術的な価値がないのは最初からわかりきっている。
 塩澤が警鐘を鳴らしているのは同じ仏像研究者に向けてである。
 仏像を研究する美術史もまた人文科学のひとつである以上、科学的な態度をなおざりにしてはならないと繰り返し述べている。
 これを耳の痛い指摘と感じて自らを省みるのか、的外れの言いがかりと受け取って無視するのか、各研究者の判断が問われるところである。

 上記を別とすれば、本書の白眉は、運慶仏をはじめ鎌倉彫刻の特徴を表現するときによく用いられる「写実的」という言葉の用法について深掘りし考察した点、そして、鎌倉時代に仏像が理想主義を離れ「生身」化していく背景に仏教の本覚思想の影響を示唆した点にあろう。
 この2点の指摘と考察が、個人的には非常に興味深く感じられた。

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 「写実」とは本来、「見たままを写す」の意である。
 だが、釈迦如来や阿弥陀如来や弥勒菩薩や十一面観音や四天王を実際に見た人はいない。
 誰も見たことがないのに、「見たままの姿を写している=写実的だ」と評するのは、考えてみるとおかしい。
 日本彫刻史における「写実」という評価は、仏像の外見的特徴に関して、人間を基準にして「現実性、実在感」が問われているのであって、本来の「写実」の意味とは異なっていると塩澤は言う。
 より端的な言葉を当てるなら、「人間っぽい」であろう。
 飛鳥時代の仏像より白鳳時代の仏像のほうが「人間っぽい」。さらには、天平時代の仏像のほうが、より「人間っぽい」。平安時代の仏像は「人間っぽさ」を離れて「密教風」カリカチュアあるいは「定朝様」という一つの理想型に収斂されるが、鎌倉時代に入ってまた「人間っぽさ」が復活する。
 そう考えると、鎌倉彫刻ってのは古代の「人間っぽさ」の復活(=ルネサンス)という意味付けも可能なのかもしれない。(興福寺を活動拠点とした奈良仏師⇒慶派の仏師たちが、天平時代の仏像から多く学んだであろうことはよく指摘されるところである) 
 ソルティもまた、仏像について書くとき「写実的」という言葉をあまり深く考えずに使っていた。
 一考をも二考をも要する指摘と思った。

 この「写実=人間っぽさ」がどんどん追求されるようになったのが鎌倉時代である。
 塩澤は、玉眼の使用、裸形着装像(いわゆる着せ替え人形的仏像)、歯吹像(口の中に歯を彫る)、仏足文(足の裏に文様を描く)といった技法を例として挙げている。
 それがさらに発展すると「生身の仏」への信仰が生まれる。

 生身の仏とは、現世に姿を現した仏のことをいう。『大般涅槃経』や『大智度論』などの経典には、仏は行者の願いに応えて現世に姿を現すことがあると説かれ、そうした姿を生身の仏と呼んでいる。やがて、往生伝や仏教説話類には生身の仏に巡り合った人の話がいくつも載せられるようになる。それらの成立時期から見て、生身の仏への関心や信仰が高まるのは、概ね平安時代後期からのことと考えられる。生身の仏への憧れや信仰は、それに巡り合うべく、各地霊場への信仰隆盛とも結びついていった。
 すると、次には既存の仏像を生身の仏とみなすことが行われるようになる。
 
 もっとも有名な例は京都・清凉寺の釈迦如来立像であろう。
 この像は、宋に留学した東大寺の僧が彼の地に安置されていた釈迦生前に造られた釈迦像を模刻し、日本に持ち帰ったものと言い伝えられている。
 つまり、生き写しの釈迦像である。
 この由緒が仏像に対する特別な信仰を生むのは時間の問題である。
 やがて「清凉寺式釈迦如来像」と呼ばれる、全身あるいは頭髪などの一部を模刻した釈迦像があちこちに造られるようになった。
 お釈迦様そのままの姿であることが価値を高めたのである。(もちろん、あり得ない話である) 

清凉寺式釈迦如来像
清凉寺式釈迦如来像 

 一般に、こうした写実の行き過ぎや生身の仏の流行は、「彫刻性の放棄」「仏像彫刻衰退の徴」とみなされ、美術史において芳しい評価を得ていないようなのだが、そもそもなぜこういう傾向が平安後期以降に現れるようになったか。
 塩澤はその背景に本覚思想の成立との関連を指摘する。

 本覚思想とは、「あるがままのこの具体的な現象世界をそのまま悟りの世界として肯定する思想」である。
 天台宗の一乗説「すべての人に仏性がある=人は誰でも悟ることができる」という思想を梃子に、この世が末法に入った平安末期(1052年)頃から広まっていった。
 ソルティは次の3点を本覚思想の特徴として上げられるのではないかと思う。
  1. 人はすでに「悟って」いる。ただそこに気づかないだけ(仏性主義)
  2. ありのままの世界を肯定することが「悟り」(現世肯定)
  3. そのためには修行など特別な手段は必要ない(修行不要)
 本覚思想では現実は悟りの世界そのものであり、他に悟りが存在するとは考えない。言い換えると、現実は悟りに溢れており、そのすべてが悟りのさまと言える。これを念頭に仏像が実在感に富み、そこに生きて存在しているように見えるということを考えてみると、本覚思想によく適ったやり方ではないかと思える。現実に存在するようだ、あるいは人体に近いというのは、悟りのさまとしての現実や人体を表現したということになろう。鎌倉彫刻における実在感という特徴は、本覚思想を背景に解釈が可能であるし、むしろそれをもたらした要因として最も説明しやすいのではなかろうか。

 仏像の様式の変化を考える上で、その時代に流行した仏教思想、日本人の宗教(仏教)観、仏像を注文する施主あるいは仕事を請け負った仏師の信仰を考慮しなければならないのは自明の理である。
 仏教あっての仏像、思想あっての様式なのだから。
 本書は、そのことを改めて気づかせてくれた。



おすすめ度 :★★★★

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★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損