半年前に奈良国立博物館・仏像館で出会い、一目惚れした平安時代の十一面観音菩薩立像。
黒檀のように滑らかで光沢ある肌と細くくびれたウエスト、現役時代の浅田真央に似たあどけなさの残るたおやかな顔立ち。
勝手に「マオ観音」と名づけた。
再会の喜びを胸にいそいそと仏像館に出向いた。

今回は、興福寺伝来の四天王像が特別公開されていた。
平安~鎌倉時代の作とみられるが、作者もどこのお堂にあったかも不明。
現在4体は別々の所有者の所蔵となっているが、このたび増長天と多聞天の保存修理を実施したのを機に、28年ぶりに一堂に会した。
なかなか迫力ある像だが、全体に丸っこく、柔和な曲線が目立つ。
平安末期とみた。(つまり慶派以前)

持国天(滋賀・MIHO MUSEUM所蔵)

増長天(奈良博物館所蔵)
4体の中ではこの像が一番優れていると思う。
若き日の運慶だったりして・・・・

広目天(興福寺所蔵)
筆と巻物を手にしていたと思われる。

多聞天(奈良博物館所蔵)
片手で掲げた宝塔を見上げているポーズは、興福寺中金堂の多聞天(昨秋のトーハク北円堂展に出品)と同じである。運慶(康勝)はこれを参考にしたか?

増長天横顔

金峯山寺仁王門・金剛力士立像(南北朝時代)
この子らとも再会しました。(2度目だと可愛らしく見えるから不思議)

五部浄居天(鎌倉時代)

大将軍神坐像(平安時代後期)
方位をつかさどる陰陽道の神。今年(午)は東の方角におられる。

大黒天
叡尊上人が仏師善春に造らせたと伝わる

やはり見るたびに和まされる「走り大黒」さま

玉眼をほどこした無垢な瞳とアヒルくちがかわゆい。
この子との再会もうれしいかも。

青銅館にある紀元前11~10世紀の中国の器
鳳凰の文様が浮き彫りにされている。
同じ頃、日本ではまだ縄文土器をつくっていた。
中国文明の深さを実感させられる。
さて、肝心のマオ観音だが、奈良博物館の所蔵品データベースにはなぜか載っていない。所蔵ではなく預かっているだけってことなのだろうか?
仏像館のポスターに使われているのをネットで発見した。

まったく国宝になってもおかしくないトリプルアクセル級の美しさ。
同じ室内に10体ほどの平安仏が置かれているのだが、マオ観音の周囲だけ空気が違う。奥入瀬渓流のブナの天然林がかもしだす“気”をまとっている。

ドキドキした胸をしばし休めた。
P.S. 書き忘れていた。
昭和18年(1943)3月に盗まれ、以来83年間行方不明になっている香薬師如来像の、唯一現場に残されていた右手が展示されていた! 思ったよりずっと小さくて、まるで貝殻のよう。
由来も何も表示されていなかったので、何も知らない人は「なんだこれ?」で通り過ぎてしまうだろう。
この小さな手の中にどれだけドラマチックな物語が隠されていることか!

