2023年亜紀書房
こんな人がいたんだあ~。
――というのが一番の感想。
Kこと奥野克巳は1962年生まれというから、ソルティとほぼ同世代である。
プロフィールによると、20歳の時にメキシコの先住民テペワノの村に滞在、バングラディッシュで上座部仏教の僧侶になり、トルコやインドネシアを放浪した後に、人類学を専攻。1994年東南アジア・ボルネオ島の焼畑民カリスのシャーマニズムと呪術を調査研究、2006年以降は同島の狩猟民プナンのフィールドワークを開始。現在、立教大学異文化コミュニケーション学部の教授である。
なんてユニークな経歴だろう!
自分がずっと日本にいて、就職して会社員になったり、バブルに浮かれたり、仕事を辞めてプー太郎になったり、フリーターになったり、引っ越ししたり、また就職したり、鬱になったり、転職したり・・・・些細なことに悩みつまづきながら、チマチマと生きてきた時に、こんなアドベンチャラスな人生を送っていたのか・・・・。
こういう経歴の人が見る日本や日本文化や日本人は、あるいは欧米諸国をはじめとする現代文明は、ソルティのような“カタギの(笑)”一般的日本人とはまた異なって見えるに違いない。
よく言われるように、「日本の常識は世界の非常識、世界の常識は日本の非常識」である。
しかもこの人のよく知る“世界”は、非文明世界――という言葉が適切なのかどうかは分からないが――なのだから。
本書は、奥野がフィールドワークした、というより共に暮らしたボルネオ島のジャングルに生きる狩猟民プナンの日常が描かれている。
彼らは、未来や過去の観念を持たず、死者のあらゆる痕跡を消し去り、反省や謝罪をせず、欲を捨て、現在だけに生きている。
日本人を含む近代西欧文明にどっぷり漬かった現代人とは、まったく違った世界観や人生観や宗教観や価値観がそこにはある。
いや、過去や未来の観念がないのだから、そもそも人生観などないのかもしれない。
プナンのフィールドワークに入った初めの頃、Kは、プナンの子どもたちに尋ねていた。「将来の夢は何?」「将来、何になりたいの?」子どもたちは、Kのその問いが、何のことを言っているのかさっぱり分からないという顔をしていた。誰一人として、それに答えるものはいなかった。恥ずかしくて答えなかったのではなく、単純に答えられなかったのだ。
本書を読むと、人間という生き物の可塑性について思わざるを得ない。
人間が作り得る文明は一つの型には決してはまらないし、どれか一つの文明(世界線)だけが、その住人が有する価値観だけが“正しい”――ということはあり得ないと知らされる。
もっと人間は自由であるはずだ。
同じ人類学者であるデヴィッド・グレーバー(2020年9月逝去)と考古学者デヴィッド・ウェングロウが書いた『万物の黎明』が訴えていたのは、まさにそこである。
近代西洋文明の行き止まりが露わになって世界の破綻の予感がみなぎっている現在、また、多様性という言葉が上滑りし、保守勢力による価値観統制が進行し、視野が狭くなる一方の令和日本において、これとは別の“世界線”、別の生き方の可能性を伝えてくれる奥野の言葉はカンフルとなってくれよう。
奥野個人の若き日の失恋潭など、回想モノローグを随所にはさんだエッセイ風スタイルなので、読みやすく、親しみやすい。
おすすめ度 :★★★★
★★★★★ もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★ 面白い! お見事! 一食抜いても
★★★ 読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★ いい退屈しのぎになった
★ 読み損、観て損、聴き損
★★★★★ もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★ 面白い! お見事! 一食抜いても
★★★ 読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★ いい退屈しのぎになった
★ 読み損、観て損、聴き損
