冬季最後のスクーリングの申込〆切り直前に、考古学概論レポートの合格通知が届いた
 これで学科試験を受けることができる。
 それは嬉しいのだが、懸念が一つあった。
 本年4月から学科試験の出題範囲が5題から10題に増えるので、答案作成および暗記に使う労力が倍増するのだ。
 ここはどうあっても3月中に考古学概論の試験を受けて、単位を取ってしまいたい。
 東京会場での試験日程はすでに終了しているので、試験を受けるなら奈良大学まで行かなければならない。
 といって、試験を受けるためだけに日帰りで奈良に行くのも勿体ない。
 2月のスクーリングで10日間連続で休みを取って同僚に迷惑をかけた手前、いささか気が引けるのであるが、背に腹は代えられない。
 残りの有休をつぎ込んで、文化財修復学のスクーリングを申し込んだ。

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JR奈良駅

【1日目】 講義 
  • 江戸時代後期から明治時代初期の絵具について
  • 膠(にかわ)について
【2日目】 講義と実習 
  • 板絵の破損劣化について
  • 剥落止め処置材料の変遷と修復処置について
  • 実習:膠絵具の剥離剥落疑似サンプル作製
  • 実習:基礎的な剥落止め処置
  • 実習:膠絵具の彩色(絵馬制作)
【3日目】 講義とレポート作成
  • 社寺建造物彩色の調査と様々な修復方法について
  • レポート作成
 お寺や神社の彩色が劣化する要因と修復方法について、膠について、江戸時代の絵具について等々、知らなかったことばかりで興味深かった。
 また、今回は学外実習こそなかったが、実習室に移動しての絵具や膠や筆を使った彩色実習があり、中学時代の美術の授業を思い出した。
 膠を混ぜた胡粉(ごふん)を団子状に練って白色絵具を作ったり、湿らせた指に藍棒をこすりつけて藍色絵具をつくったり、自分で作り出した絵具を用いて絵馬を作成したり、いろいろな体験ができて楽しかった。

 講師は、山内章先生。
 京都生まれで、美術学校で日本画を学んだのち、文化財保存修復の世界に飛び込んだ。
 社寺の建物の壁画や葛飾北斎が晩年に描いた肉筆画の修復などを専門とされている。
 「ミスター膠」「膠博士」とお呼びしたいくらい膠について詳しく、日本ではほとんど作られなくなった天然の膠を作るために、2011年に自ら一般社団法人天野山文化遺産研究所を立ち上げられた。
 自らの豊富な文化財保存修復の現場体験をもとに、実例を映像で示しながら、素人にもわかりやすい講義をしていただいた。
 スクーリングを重ねるたびに、奈良大学の講師陣の素晴らしさをつくづく感じる。
 入学して良かったなあ。

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昼休みの学食風景
このひとときがうれしい。
一番最初に受講したスクーリングで一緒だったK氏と一年ぶりに再会。
互いの進捗状況を報告した。
奈良大学の通信教育で卒業まで漕ぎつける人は5人に1人以下という。
途中脱落組が結構多いのだ。
「ひょっとしてやめたのかと思ったよ」とK氏。
いやいや頑張ってます。

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デミグラスソースのハンバーグ定食
ご馳走感あったな

にかわ【膠】
動物の皮、腱(けん)、骨、結合組織などを水で煮沸し、溶液を濃縮・冷却・凝固してつくった低品質のゼラチン。牛馬などの獣類からのものを獣膠(じゅうこう)、魚類からのものを魚膠(ぎょこう)という。淡黄褐色ないし暗褐色の固形物。水に浸すと吸水膨潤し、加温するとゾルに、冷却するとゲルになる。接着剤に用いられるほか、写真乳剤、製紙、染色などに広く用いられる。
(小学館『日本国語大辞典精選版』より)

膠
膠(にかわ)
ゼラチン(gelatin)という英語名のほうが知られているかもしれない。
我が国の彩色文化において、紙や布や木や漆に絵具を接着するための固着剤として伝統的に用いられてきたほか、バイオリンや伝統家具の接着や墨の原料としても活用されてきた。長所は可逆性があること、短所は耐水性に欠けカビが生じやすいこと。(山内先生は現在、短所をカバーする膠の開発に取り組んでいる)

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実習室
学生さんたちが絵具や膠の準備をしてくれたり、片付けしてくれたり、いろいろお世話になった。ありがとうございました。

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左の板は、膠の性質を学ぶための実験中
右の板は、絵馬を描くために下地を白絵具で塗ったもの

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膠の性質を学ぶ実験
1.水で溶いただけの絵具(粉)は乾いてから指で擦れば落ちる。
2.膠を混ぜた絵具は板面に付着し落ちない。(左半分の黄土)
3.濃度の高い膠をさらに上塗りすると、かえって剥落しやすくなる。これは先に塗った絵具(粉)が濃い膠に引っ張られて板の表面から浮き上がってしまうため。(右半分の白)

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藍色をつくる藍棒

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用意された色を混ぜて、自分が求める色を作り出すのが難しい

みなの絵馬
受講者59名が作成した絵馬(ぼかしています)
絵の上手な人が多くてびっくらこいた!
なんで筆でまっすぐの線が引けるの???
つくづく自分は不器用かつ絵ごころがないと痛感した。
これが成績評価の対象でなくてホント良かった。

 文化財学購読Ⅰで文化財保存科学について学んだとき、膠やふのりなど伝統的な材料に代わって、アクリル樹脂などの現代科学材料を用いた保存修復技術が進んでいるという印象を持った。
 しかるに、考古学分野での遺構や遺物についてはともかくとして、絵画や建築や仏像彫刻などの美術工芸品においては、現在、膠絵具で彩色された物の修復処置は膠を用いるのが基本になっているとのこと。アクリル樹脂は、絵の質感が変化してしまう、アクリル樹脂自体が変色するなどの問題が浮上してきたのである。
 1000年以上使われてきた実績があり、その性質が十分理解されている膠の復権が果たされたのである。

 最終日のレポートは「持ち込みなし・90分一本勝負・原稿用紙3枚程度」というルールであった。
 事前にテーマが伝えられるので考える時間も調べる時間もある。文化財特殊講義のレポートほど大変ではないので安心されたし。
 ただし、事前学習に書いてある「近隣の寺社の建造物彩色を見ておく」はきちんとやっておくことをおすすめします。

秩父神社社殿
秩父神社の社殿
天正20年(1592)徳川家康の寄進により建立された。

お元気三猿
社殿の壁画のひとつ「お元気三猿」
2019~2023年に伝統的な工法による修復工事が行われ、建てられた当時の色彩が蘇った。

お元気三猿修復前
修復前(2018年)
よく見ると、配色がずいぶん変わっている。
前回昭和40年代の修復工事のとき、ややいい加減だったらしい。
今後、寺社の彩色や修復工事を見る楽しみが増えた。

 ときに、ソルティは膠と言えば、住井すゑ著『橋のない川』を想起する。
 明治の終わりから大正にかけての奈良盆地の被差別部落・小森を舞台にした大河小説である。(ソルティは2023年春、小森のモデルになった御所市柏原に足を運び、水平社博物館を見学した)
 理不尽な差別に耐え続けてきた小森の人々が、やがて人権に目覚め、声を上げ、立ち上がり、水平社設立へとつながっていく流れが、リアリティ豊かに描かれている。
 その中で、小森部落の主要な産業として、草履表の漂白とともに膠づくりが出てくる。
 漂白に使う亜硫酸ガスの匂い、牛の皮や骨を煮るとき発生する臭気が、周囲からの差別をさらにきついものとする要因として描かれていた。

 日本の芸能のルーツが「河原者」と呼ばれた被差別の民から生まれたことはよく言われるが、竹細工や武具・太鼓・三味線といった皮製品や漆器・木器製作など、日本の伝統工芸もまた、差別された人々の手によって生産・製造されてきたものが少なくない。
 我が国の文化財の保存・修復を考えるときは、こうした視点を忘れてはならないと思う。
 現在、日本で伝統的な製法で膠を作っているのは姫路市だけだという。

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食堂の上の学生ラウンジ
仲間と団欒したり、食後のコーヒーを飲んだり、読書したり、スマホいじったり、学科試験の勉強したり・・・・使い勝手のいい、落ち着ける空間である。
スクーリング終了後、ソルティもここで考古学概論の答案を一心不乱に暗記した。
単位取得できますように!

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大学から高の原駅に向かう途上で見た夕焼け
いかなる天才も、この色彩を再現することはできまい。