スクーリング翌日は休みをとって、寺社めぐりするのが恒例となっている。
月曜日なのでどこも空いていて、ゆっくり見物することができる。(ただし博物館系は定休日である)
今回は、聖林寺の十一面観音菩薩像と安倍文珠院の快慶作・渡海文殊群像を拝観することにした。
どちらも、JR桜井駅から自転車で回れる距離にある。
10:30 JR桜井駅
自転車レンタル
10:45 崇峻天皇陵
11:00 聖林寺(40分滞在)
12:00 安倍文珠院(40分滞在)
12:50 安倍の山城跡と土舞台
13:10 JR桜井駅
自転車返却

JR桜井駅
奈良から天理・三輪・畝傍を通って大和高田に至るJR桜井線は、山の辺の道沿いに走って、桜井駅で90度右転回し、藤原京跡を横断する。車窓からは、大小の古墳や寺社や三輪山や大和三山が眺められ、いにしえから変わらぬのどかな光景が広がる。古代史好きにはたまらない聖地列車である。

電動自転車をレンタルした「ザ・トリシクル 輪」
桜井駅徒歩4分。3時間借りて1500円だった。

談山神社の第一鳥居
藤原鎌足を祀る神社で、木造の十三重塔で有名。
やや離れているので今回は行かなかった。

談山神社に向かう多武峰(とうのみね)街道の途中に崇峻天皇陵がある。
入口が分かりづらい。

崇峻天皇(553?~592)
あまり知られていないが、歴史上唯一、臣下(東漢駒)に暗殺された天皇である。黒幕は蘇我馬子で、事件後、馬子の姪である額田部皇女が推古天皇として即位した。山岸涼子のコミック『日出処の天子』では、馬子と聖徳太子と額田部皇女の3者による謀殺説がとられている。

陵の近くには崇峻天皇の営んだ倉橋柴垣宮跡がある。
飛鳥からずいぶん離れた山間である。
蘇我氏から距離を置きたかったあらわれだろうか。

駅方向に少し戻ると聖林寺が見えてくる。
清らかな森に抱かれた風情は、まさにその名の通り、
ハリウッド・テンポー(Holly Wood Temple)。

聖林寺
和銅5年(712)藤原鎌足の長男・定慧が創建。
もとは天台宗の寺だったと思われるが、江戸時代に真言宗の律院となった。

境内からは三輪山と箸墓古墳(卑弥呼の墓ではないかと議論されている)を一望することができる

ご本尊は、江戸時代中期に寺僧が作った巨大な石の子安延命地蔵。これだけ大きな石を一体どこから運んできたのだろう?
ほかにも鎌倉後期の阿弥陀三尊像や勇壮なる毘沙門天像――なぜか宝塔を持っていない。毘沙門天ではないのでは?――など、なかなか見甲斐あるお堂である。

階段を昇って特別に作られた収蔵庫へ

十一面観音菩薩像(8世紀後半、木心乾漆造)
もともとは三輪山の神宮寺である大御輪寺(だいごりんじ)の本尊だった。明治初期の廃仏毀釈の嵐を免れるため、大御輪寺と親交の深かった聖林寺に移されたと言われている。
【ソルティ所感】
209cmのスレンダーな姿と両足の外側に垂れる天衣の優美な曲線が、法隆寺の百済観音を想起させる。が、この像のなによりの特徴は、胸のすぐ下の位置で胴が搾られているところだろう。ウエストにしては高すぎる。人体を模した写実ではない。
その不自然に搾られた胴と両腕の生み出す空間、および両足を包む裙と左右に垂れた天衣とが形づくる空間とが、像を浮き立たせ、軽やかさを与えている。側面から見ると、正面から見たときほどスレンダーでなく、どっしり充実している。【ソルティ所感】
209cmのスレンダーな姿と両足の外側に垂れる天衣の優美な曲線が、法隆寺の百済観音を想起させる。が、この像のなによりの特徴は、胸のすぐ下の位置で胴が搾られているところだろう。ウエストにしては高すぎる。人体を模した写実ではない。
失われた光背のかわりに、上半身を白い人工の光で取り巻く設計が目覚ましい効果を生んでいる。この展示室の設計自体も見どころであろう。いつまでも見ていたい仏像である。

安倍文珠院
大化元年(645)、安部倉梯麻呂(あべのくらはしまろ)が安倍一族の氏寺として建立。鎌倉時代に現在地に移転。こんな立派な由緒ある寺とは思わなかった。

広い境内に、小山(展望台)あり、池あり、古墳あり、神社あり、お花畑あり、お堂あり・・・の見どころたっぷりのお寺だった。もっと知られてもいい。安倍一族でなくとも、文珠系(卯年生まれ)でなくとも、行かないのは勿体ない。

白山堂
室町時代建立。ご祭神は菊理媛神(くくりひめのかみ)。
白山信仰と陰陽道の結びつきにより、安倍晴明ゆかりの当山に勧請された。

ウォーナー博士の報恩供養塔
第2次世界大戦において、親友のハル国務長官に戦争防止を進言した。開戦すると、アメリカ政府と軍の上層部に対し、京都と奈良の文化的価値を説き、両古都を戦禍から守るのに尽くした。この人のお陰で、我々はいま京都や奈良の文化財を学び鑑賞することができるのである。奈良大学文化財歴史学科の学生たるや、一度はたずねてウォーナー詣をしておきたい。

晴明堂
創建者の安倍倉梯麻呂と安倍清明とのつながりははっきりと分かっていない。晴明がこの寺で陰陽道の修行をし、展望台から星の観察をしたとされている。

展望台からの景色
毎年の干支の絵が花で描かれる。これは上から見ないと分からない。
★(五芒星)はもちろん晴明のシンボル。

大和三山(耳成、香久山、畝傍)と二上山をいっぺんに眺めることができるのは、ひょっとしてここだけでは?

二上山
一度登った山とは気心が知れる。見守られているような気になる。これはヤマノボラーでないとわからない心境である。それにしても、この展望台は非常に気持ちがいい。晴明伝説を信じたくなるようなパワースポットである。

文珠池の上に建つ金閣浮御堂
安倍仲麻呂、安倍晴明の像が置かれている。そのうち、安倍晋三の像も加わるかもしれない?

西古墳
7世紀後半頃つくられた古墳で、国の特別史跡に指定されている。
横穴式石室の中に入ることができる。

壁面の美しさ!
内部は当時のまま保存されており、良質な花崗岩で石組みされている。
本堂内部は当時のまま保存されており、良質な花崗岩で石組みされている。

快慶作・渡海文殊群像(国宝)
左から、維摩居士(ゆいまこじ)、須菩提(すぼだい)、獅子に乗った文殊菩薩、善財童子、優填王(うでんのう)
獅子に乗った文殊菩薩の高さは約7m。思ったよりずっと大きかった。堂々たる迫力ある群像である。文珠菩薩と獅子は接合されていない(乗っているだけ)なので、現在地震対策の修理工事のための基金を集めている。
〈画像はお寺でもらったパンフレットより〉

快慶仏の特徴の一つである切れ長の目の美青年は、男優で言えば、石濱朗や沖田浩之や菅田将暉を想起する。快慶はゲイ色があったんじゃないかなあ~。

東博にある康円作の善財童子や奈良西大寺本堂の善財童子とくらべると、動きも表情も軽やか。一方、優填王(うでんのう)の威風堂々たるさまは、東大寺南大門の阿形像に通じるものがある。快慶の仏像は運慶にくらべると地味だが、観ていると敬虔な気持ちにさせられる。

卯年生まれのソルティは文珠様が守護本尊

土舞台
聖徳太子がはじめて国立の演劇研究所と劇場を設けた場所。「芸能発祥の地」とされ、過去には森繁久彌など演劇人が詣でている。

太子は、百済から伝えられた伎楽舞を少年たちに習わせたという。

安倍の山城跡
南北朝時代に、北朝方の細川顕氏がここに陣を構えたという。
右手に三輪山を望む。

正面に広がる奈良盆地
はるかに春日山や若草山まで確認できた。
知られざる絶景スポット。

天気の良かったこともあるが、桜井はすがすがしさに満ちていた。
こころ洗われる一日であった。
