大地の子

TV放送 1995年11月11日~1996年3月20日(計11回)
DVD 全6枚(11時間14分)
制作 NHKエンタープライズ21
原作 山崎豊子
脚本 岡崎栄

 山崎豊子の原作が『月刊 文藝春秋』に連載されたのは、1987年(昭和62年)5月~1991年(平成3年)4月。
 戦後40年以上経って本作は書かれ、50年経ってテレビドラマ化された。
 多くの人命が失われるような大きな悲劇的出来事があってからそれがドラマ化されるまで、ある程度の月日を要するのは無理からぬことだが、ことにテーマが中国残留孤児の苦難の生涯ということもあって、1972年9月の田中角栄首相による日中国交正常化までは「知られざる物語」だったのである。
 ソルティが10~20代の頃(1980年代)、毎年のように中国残留孤児の団体が肉親を探しに日本にやって来て、テレビでは感動の再会シーンを繰り返し流していたものである。
 当時は昔のことにあまり関心がなかったし、顔も名前もさだかでない肉親を探す(成人した)孤児たちの気持ちもよく理解できなかった。
 ただ、日本鬼子(リーベンクイズ)と綽名されたほど残虐なふるまいをした日本兵への恨みもものかは、大陸に残された日本人孤児たちを拾い養った中国人の寛容さが心に残った。
 同じことを日本人は他国の孤児に対してできるだろうか?

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コーリャン畑
Karl Egger
によるPixabayからの画像

 昭和・平成のテレビドラマが、ここまで感情を揺り動かす力があったことに驚いた。
 ソルティは物語後半、ほぼ毎回号泣していた。
 年取って涙もろくなったことも確かにあるが、そればかりでない。
 ここには、強烈なドラマを成り立たせるに十分な時代状況があり、制作者側にとってはその状況を描くことで視聴者にぜひとも伝えたいテーマがあり、視聴者側にとってはその状況を理解できるだけの記憶と登場人物たちに共感できるだけの感情体験があった。
 状況とはアジア・太平洋戦争の敗北である。

 戦争そして敗戦という、日常を破壊し、多くの人命を奪い、親しい者たちを離れ離れにし、苦痛と困窮の極みに庶民を追いやり、人間性のあらゆる面が暴露される極限状況において、かえって家族愛や兄弟姉妹愛や友情や恋愛や正義や信頼や献身や犠牲的精神や慈悲などの崇高さが輝きわたる。
 戦争という人類にとっての最大の悲劇が、「物語」を輝かせる。
 ドラマツルギー的に言えば、強固な「枷」や逆境が存在するほど、読者や視聴者の感情は波打ち、ドラマは面白くなる。

 80年代バブル以降の日本で失われた最大のものの一つは、ドラマ(=物語の力)であろう。
 80年代トレンディドラマの軽佻浮薄がもてはやされて以降、日本人はドラマを喪った。
 国民がこぞって観て、感動を共にできるようなドラマがなくなった。
 率直に言えば、ドラマがつまらなくなった。
 だが、それが戦争のような国民共通の悲劇が無くなったことによる感情鈍麻のせいであるのなら、それは平和の証であるから、批難すべきことではないのかもしれない。
 それとも、共同幻想が破れて「物語」の力自体が失われた結果なのか?
 あるいは、もっと単純に、リアリティある骨太のドラマを作る体力や経済力を喪失した、つまり国力の低下が原因なのか?
 頬を伝う滂沱の涙の一方で、そんなことを考えた。
 本作を観た令和の若者は、どのような感想を持つだろう?

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 中国残留孤児の主人公・陸一心(日本名:松本勝男)を当時無名の上川隆也が演じている。
 素晴らしい演技で瞠目させられた。
 上川隆也がこれほど演技達者とは知らなかった。
 原作者の山崎は、一心役に本木雅弘を考えており、脚本・演出総指揮を務めた岡崎栄は竹野内豊を想定していたという。
 しかしこれは、上川隆也で正解だった。
 本木や竹野内ではこれほどリアリティある素朴な演技は望めなかったろう。

 幼い頃に別れた松本勝男の実父を、昨年11月に亡くなった仲代達矢が演じている。
 今さら述べるまでもない好演である。
 仲代は20代の時、小林正樹監督『人間の條件』の主役に抜擢され、戦中戦後に大陸で彷徨する日本人敗残兵を演じて、一躍名を知らしめた。
 亡くなる最後まで反戦を貫いた人だったから、戦争の悲劇を伝える本作の出演も思うところ大であったろう。

 だが、本作の最優秀演技賞を付与するなら、陸一心(上川隆也)の中国の父親・陸徳志を演じた朱旭(チュウ・シュイ、1930-2018)を措いてほかにない。
 主役の上川はもとより、ここまで仲代達矢が食われた例を見た記憶がない。
 日本では本作以外ほとんど知られていない役者であるが、戦後中国で「小日本鬼子」と言われ差別され続けた中国残留孤児を拾い、養父を引き受けた男の苦悩と情愛のすべてをあますところなく演じきった一世一代の名演である。
 この演技を観るだけでも、本作を観る価値がある。

 キャンディーズのスーちゃんこと田中好子も、陸一心=松本勝男の母親に扮して鮮烈である。
 スーちゃんの「地」である人の良さが役にオーバーラップしている。

 本作は中国人残留孤児となった日本人の苦闘の生涯を描くことがメインなので、これだけ観ていると、残留孤児を差別・虐待する中国人の残酷さや一党独裁の中国共産党の横暴が目立って映るかもしれない。
 しかるに、中国残留孤児が苦難の生涯を舐めることになったそもそもの原因は大日本帝国の中国侵略にあった。
 本作を観る人は、その前提を忘れてはならない。
 本作が刊行あるいは放映された当時、ほとんどの日本人はそのことを前提として了解していた。
 が、ある世代以下の日本人はそこが理解できず、「中国はやっぱり酷い国」と印象づけられて見終えてしまうかもしれない。

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mkarasch0によるPixabayからの画像

 通算128日間という長期にわたる中国での大規模ロケは、90年代の日本のメディアに残っていた体力のあらわれであると同時に、日本と中国当局の関係の良好を語ってあまりない。
 現在ではまったく無理な話である。
 戦後50年、田中角栄をはじめとする先人が築いてきた日中関係をすっかり反故にしてしまった高市政権の方針がはたして善策なのかどうか、政治音痴のソルティには分からない。
 ただ、歴史を学ばない人間は傲慢になる。
 そのことは確かだと思う。




おすすめ度 :★★★★

★★★★★
 もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損