1995年講談社
1998年文庫化

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 第41回江戸川乱歩賞、第114回直木賞に輝いた快挙作。
 今のところ同じ一つの作品で両賞を獲った作家はいない。
 それだけの価値ある、書き手の実力のほどを感じさせる小説である。

 なにより面白い。
 冒頭の新宿中央公園での爆弾テロで読む者を物語世界に引き込むや、スピーディーかつ緩急自在にプロット展開し、多様な過去を背負った魅力的な人物を登場させ、一気に大団円まで持って行く。
 文章もとても上手く、リズムが良い。
 とても新人作家の手によるものとは思えないレベルと思ったら、プロフィールによると、藤原は1985年に第9回すばる文学賞を受賞している。
 少なくとも10年以上の小説修行を積んでいたのである。

 タイトルの「テロリスト」という言葉から、ソルティは2001年9月11日のアメリカ同時多発テロ以降の国際テロを想像し、秘密結社が暗躍する世界を股にかけた政治スパイ小説のようなものを想像していた。
 が、基本的にハードボイルドミステリーである。
 ミステリー好きなら同意してくれるかと思うが、レイモンド・チャンドラーのある小説に似ている。オマージュと言ってもいい。
 読みながらその印象が強くあったため、結末が予想できてしまい、真犯人の意外性が削がれたのはちょっと残念であった。 
 
 考えてみたら、令和現在の「テロリスト」という語感と、本作が刊行された1995年当時のそれとはずいぶん違っているかもしれない。
 95年3月にはオウム真理教地下鉄サリン事件があったから、ひょっとしたら、宗教テロの話を想像して読み始めた人も多かったのではなかろうか。
 60年代生まれのソルティは、「テロリズム」という言葉から、地下鉄サリン事件や9・11以降のイスラムテロを連想するけれど、そこに世代の、というか時代のギャップがあった。
 藤原伊織は1948年生まれ。全共闘世代なのである。

 全共闘世代の、あるいは彼らを含む左翼が日本社会を揺り動かした動乱の時代を知る者にとって、「テロリズム」はその時代を知らない者にはうかがい知れぬ、特別の響きと生々しさを伴った言葉なのかもしれない。
 なので、ソルティにとって本作の意外性は、真犯人の正体云々よりも、本作が全共闘の残党(?)を主人公とし、本作のプロットが「全共闘、その後の人生」を描いているところにあった。
 そういう話とはまったく想像していなかった。

 全共闘で気を吐いた若者たちは、その後、長い髪を切ってスーツを着て企業戦士となったり、結婚して主婦となってパートで働いたり、おおむね社会化・体制順応化していったわけだが、中にはそうすることができずに、「いつまでも見果てぬ夢を追い続ける」あるいは「青春のつけを残りの人生で払う」みたいな生き方になった人もいる。
 笠井潔はそういった群像をミステリーの中で書いているし、現実においても、(全共闘ではないが)60年安保闘争の立役者だった唐牛健太郎(かろうじけんたろう)などは、生涯公安に監視され続け、職を転々とした。

 本作の主人公は、青春の志を貫いて革命家(テロリスト)として生きることもできず、かと言って、体制に与して一億総中流の家庭人や企業戦士となることもできず、宙ぶらりんなままにアルコール中毒に陥っている。
 そのような“青春の蹉跌”を描いたところに、本作の一番の魅力と高い評価の理由があるのではなかろうか。





おすすめ度 :★★★★

★★★★★ 
もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損