上演日 2026年1月10日
会場 メトロポリタン歌劇場(ニューヨーク)
キャスト
- エルヴィーラ: リセット・オロペーサ(ソプラノ)
- アルトゥーロ: ローレンス・ブラウンリー(テノール)
- リッカルド : リカルド・ホセ・リベラ(バスバリトン)
- ジョルジョ : クリスチャン・ヴァン・ホーン(バスバリトン)
指揮 マルコ・アルミリアート
演出 チャールズ・エドワーズ
上映時間 3時間41分
言語 イタリア語
銀座東劇METライブビューイングにて鑑賞
『清教徒』はベルカントオペラの極である。
全編、美しいメロディ、美しくアクロバティックな歌声が、これでもかとばかり溢れ来る。
オーケストレイションもシンプルで耳障りな不協和音がない。
作業BGMにぴったりの耳に心地好いオペラである。(そのぶん、生の舞台でないと、アリアと重唱以外のパートで退屈して眠くなってしまうリスクがある)
作業BGMにぴったりの耳に心地好いオペラである。(そのぶん、生の舞台でないと、アリアと重唱以外のパートで退屈して眠くなってしまうリスクがある)
美しく感動的で万人に愛されるメロディを作る才において、ベッリーニに並ぶ作曲家はいない。
現在のTVドラマや映画において重要な場面で効果的に使われるBGMの原点をたどれば、ベッリーニに突き当たるんじゃないかとソルティは思う。
ベッリーニの音楽を使って現代ドラマを作っても、まったく違和感はなかろう。
とくに悲しいシーンで流される悲哀のメロディにおいて、ベッリーニを超える作曲家はいまだに現れていない。
荒唐無稽の紋切り型ストーリーと分かってはいても、ベッリーニの音楽がかぶさると、自然涙腺が緩んでくる。
物語に依らずとも音楽単体で、人の琴線を鳴らし感情を揺り動かす力を担えることを、確認させられる。
33歳で亡くなったベッリーニの遺作にして、もっともベルカント的すなわち歌の美しさとテクニックを追求したオペラが、この『清教徒』である。
上演に際しての難しさは歌のテクニカルな部分にある。
主役の2人、エルヴィーラを歌うソプラノとアルトゥーロを歌うテノールには、途方もなく難しい歌唱と強靭な声帯が要求される。
例としてよく上げられるのが、第2幕のエルヴィーラの30分にわたる一人舞台〈狂乱の場〉。ここで主役ソプラノは、声域とテクニックの限りを尽くして狂気を演じなければならない。
また、第3幕フィナーレの四重唱では、アルトゥーロに裏声でない地声による「ハイF」が要求され、テノール歌手泣かせになっている。
世界三大テノールの一人ルチアーノ・パヴァロッティは、「キング・オブ・ハイC」の異名で知られたが、「ハイF」は音階でいえばその3つ上、高い「ファ」である。(ちなみに、1980年に大ヒットしたクリスタルキング『大都会』の冒頭の最高音が「ハイC」つまり高い「ド」である)
エルヴィーラとアルトゥーロ、完璧に歌いこなせる2人の歌手がなかなか揃わないので、なかなか上演される機会がめぐって来ないのである。
清教徒革命の立役者、オリバー・クロムウェル
Ron PorterによるPixabayからの画像
Ron PorterによるPixabayからの画像
さすが世界のメトロポリタンオペラ。
エルヴィーラ役のリセット・オロペーサも、アルトゥーロ役のローレンス・ブラウンリーも、見事に歌っている。
ベッリーニの抒情たっぷりの美しいメロディラインを尊重しながら、申し分のないテクニックを披露している。
とくに、今回初めて存在を知ったローレンス・ブラウンリーの「ハイF」の衝撃たるや!
「大都会」が壊滅するかと思った。
この一音を聴けただけでも、はるばる銀座まで出てきた甲斐があった。
ローレンス・ブラウンリーは、現在ベルカントオペラの諸役で世界中の歌劇場から引っ張りダコという。
それも当然と思ったが、一方、時代の変化をしみじみと実感するところもあった。
というのも、ブラウンリーは黒人なのである。
マリアン・アンダーソン、レオンタイン・プライス、シャーリー・ヴァレット、キャスリーン・バトル、ジェシー・ノーマン・・・・黒人女性歌手のオペラ界での奮闘と活躍は知っていたが、黒人男性歌手については知らなかった。
脇役や準主役でのキャスティングはこれまでにもあったと思うが、黒人のテノール歌手が主役で歌っているのを観たのはこれが初めて。
最初のうちは、黒人男性が中世イングランドの王党派の騎士に扮して、清教徒の白人の娘と恋に陥る設定に違和感を覚えた。とくにブラウンリーが、可愛らしい子熊体型をしていて、演技も決して上手とは言えないだけに。
それが一声歌い始めるや、違和感が消えて不自然を感じなくなってしまう。
これぞ歌の力。
いまだにアメリカには黒人差別の色が根強く残っている。
METでのブラウンリーの活躍を苦々しく思っている輩も少なくなかろう。
奇跡の「ハイF」で吹き飛ばしてほしい。
惜しむらくは、花粉症で頭がぼーっとしていたせいなのか、東劇の古い音響システムのせいなのか、歌声がスクリーン内に籠って鮮明さを欠いている印象を受けた。
次回からはMOVIXで視聴しよう。
トゥリオ・セラフィン指揮、マリア・カラス主役『清教徒』(東芝EMI)
これを超えるものはいまだにない



