2012年太田出版
春光や 房壁にある 罅(ひび)二本差し入れの 甘夏薫る 人屋かな凍蝶(いてちょう)や 監獄の壁 越えられず
上の俳句からどんな詠み手を想像するだろうか?
「房」は独居房、「人屋」は牢獄のこと。
すなわち、詠み手は囚人である。
これは、刑務所に収監されている男の詠んだ句集なのである。
そう分かって詠んでいくと、次の句などまことに味わい深いものがある。
たとえ、自ら牢に入れられた経験がなくとも・・・・。
黒南風(くろはえ)や 髪切りし身の おぼつかな動き出す 朝の気配や 初氷余寒なほ 房舎に響く 施錠音
男の名前は大道寺将司(まさし)。
1948年北海道釧路生まれ。
1948年北海道釧路生まれ。
昭和時代の政治活動家で、「東アジア反日武装戦線“狼”」という極左テロ組織のリーダーであった。
同組織は、1974年8月に、昭和天皇が乗るお召列車を橋ごと爆破する「虹作戦」(未遂に終わった)や、死者8名・負傷者380名を出した三菱重工爆破事件を起こした。
大道寺ら主要メンバー7名は1975年5月に一斉逮捕され、一部は超法規的措置により釈放・国外脱出した。
釈放を拒否した大道寺は、1987年3月24日に死刑が確定し、葛飾区小菅にある東京拘置所に収監された。
そう、囚人は囚人でも、死刑囚による俳句なのである。
本書の題名にとられた「棺一基」とは、絞首刑にされた囚人の遺体をおさめた棺のこと。
大道寺は、いつ自分の番が来るかと思いながら、次々と処刑されていく牢友たちを見送っていた。
己が身を 虫干しに出す 死囚かな縊られて 世はこともなし 実南天棺一基 四顧茫々と 霞みけり
俳句をつくるようになったきっかけは本書に書かれていないので分からないが、もともとアルチュール・ランボーや中原中也の詩を好んで読んでいたという。
文学青年だったのだろう。
故郷でアイヌへの差別を目の当たりにしたことがきっかけで日本帝国主義に反感を抱くようになり、その後反日思想を深めていったという経緯からも、虐げられているマイノリティの境遇を想像し共感できる感性と、マジョリティである自らの加害者性を自覚できる知性を備えた、ナイーブな青年像が思い浮かぶ。
政治活動でなく宗教活動に向かっていれば、親鸞のような宗教家になったかもしれない。
次のような句をみると、獄中にいて他者の身の上を思いやる大道寺の“やさしさ”が知られる。
秋海棠 苦海に生きし 女たちみなしごの また生まれけり 星月夜帰りゆく あぶれ土工や 冬の雨福島の 無人の町に 散る桜
いったい、どんな男が苦海に生きる女(=春を売らざるをえない女)の苦しみを想像し得るだろう?
自らは、長く独房にいて、性欲を満たす機会がない一種の飢餓状態にあるというのに。
どんな男が、日雇い仕事にあぶれた土工の境遇に心を寄せるだろう?
自らは、処刑されるのを待つことだけが仕事だというのに。
なんだか鎌倉幕府の将軍にして歌人源実朝の和歌に通じるものを感じた。
次のような身の回りの風物を詠んだスケッチもまた実朝風である。
天宆の 剥落のごと 春の雪訪ひくれし 蜘蛛の走りの 速きこと雨ざんざ 角凛凛と 蝸牛翅一枚 遺して蝉の 食はれけり
27歳で逮捕されてから獄中の30年余が過ぎ、大道寺はがん(多発性骨髄腫)を患う。
最後は壮絶ながんの痛みと闘いながらの句づくりであった。
骨疼き 雨だと知れり 初桜飛花落花 褥瘡(じょくそう)の夜の 明けにけり重力を 総身にて受く 梅雨の星
大道寺将司は、2017年5月24日に処刑を待たずに病死した。
68歳だった。
死者たちに 如何にして詫ぶ 赤とんぼ人として あること哀し 梅一枝
おすすめ度 :★★★★★
★★★★★ もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★ 面白い! お見事! 一食抜いても
★★★ 読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★ いい退屈しのぎになった
★ 読み損、観て損、聴き損

