皇居三の丸尚蔵館は、皇室で代々受け継がれてきた絵画・書・工芸品・歴史資料などを収蔵する美術館。
今秋リニューアルオープンする。
そのプレイベントとして、現在、トーハク(東京国立博物館)表慶館にて、高精細複製された伊藤若冲『動植綵絵』と狩野永徳『唐獅子図屏風』が公開されている。
いずれも三の丸尚蔵館にあるオリジナルを、(株)キャノン・京都文化協会・文化財活用センターの協力が生んだ最新技術と伝統技術の融合によって、忠実に再現したものである。
古い映画のデジタルリマスターみたいなものか?
技術的なことはよく分からないが、本物そっくりの作品を間近でじっくり観られるらしい。
小雨降る平日、上野駅に降り立った。

東京国立博物館・表慶館
実はここに入るのははじめて。
京都国立博物館旧本館と同じ片山東熊による設計。

平常展観覧料(一般1000円)のみで鑑賞できる。
ソルティは顔パス、じゃなくて学生メンバーズパス(年会費1200円)で入館。
(すでに元はじゅうぶん取った)

4/17~5/17まで開催
『動植綵絵』は全部で30点。
うち15点が展示されていた。
入替後の後期(5/2~)にまた行きたいが、大混雑の予感がする。
ガラスケースがないので、30cmの至近距離で絵を見ることができる。
撮影も可。

伊藤若冲(1716~1800)と言えば鶏。
色彩と構図がもたらす迫力が凄い!

近寄ってさらにびっくり!
ほとんど細密画の世界。
若冲はおそらくサヴァン症候群だったろう。

雌雄でなくオス同士のつがい。
若冲と相国寺禅僧・大典顕常の生涯続いた親密な関係を匂わせる。
そもそも『動植綵絵』は相国寺に寄進する目的で描かれた。

セルフポートレートで有名な芸術家の森村泰昌が、この絵は男色の隠喩であると言っていた。
たしかに菊の花は古来男色の象徴である。
2つの青い岩が男根sなのだという。

若冲の「白」はあでやか。
会場には高精細複製技術の概要を伝える映像が流れていた。
高性能カメラによる撮影+コンピュータ解析と目視による色合わせ+世界最高レベルの印刷技術(基底材は絹)、そこに古来よりの金箔・金泥や表装の伝統技術が加わる。
筆使いはもちろん、絵の具だまりすら再現する複製技術に驚嘆した。

孔雀の羽の模様部分に金泥が塗られている。

桃とオオルリ

菊とスズメ

雪の中のサザンカ

芍薬にとまるアオスジアゲハ

狩野永徳『唐獅子図屏風』
223.6cm × 451.8cm
信長や秀吉に重用された永徳(1543~90)の代表作。
国宝2点をたっぷり堪能したあとは本館1Fへ。
ここで、なんとびっくり!
足利・光得寺の厨子入り大日如来が展示されていた!
運慶作と言われる国内の仏像のうち、ソルティが観ていなかった最後の2体のうち1体である。(残り1体は神奈川・称名寺の大威徳明王像)
保全のため光得寺から東博に移されていることは聞きかじっていたけれど、まさかこんなタイミングでなんら苦労なしに出会えるとは思わなかった。
トーハクさんってば味なことする。

北条政子の妹婿であった足利義兼が運慶に依頼したとされる。
樺崎寺に納められた大日如来像(現在半蔵門ミュージアムにある)と同時期につくられ、こちらは義兼が身近に置いて拝んだものと推測されている。
明治期の廃仏毀釈以前に光得寺の所蔵となった。

言われてみれば(笑)、ハリのある頬の具合や、智拳印に組んだ両腕と胸郭とが生み出す空間の感じが、半蔵門の大日如来とも、奈良・円城寺の大日如来とも、よく似ている。
重要文化財にとどまっているのは、あとから金箔を押したからだろう。
このときソルティの周囲は外国人ばかり。
誰も足を止めないのが珍妙。
「運慶だよ、運慶!」

和歌山・道成寺の毘沙門天像(平安前期)
どっしりした勇壮感のうちにも軽みを備える見事な造形。
道成寺って、たしか安珍・清姫の物語で有名な・・・・。

康円作『渡海文殊菩薩群像』
安倍文珠院の快慶作のものとくらべると迫力負けするが、各像の表情は人間っぽくて趣きがある。

驚くのはまだ早かった。
フロアを順路通りに進んでいくと、本館4室で「隠れキリシタン」関係資料の展示をおこなっていた。
ソルティは最近、『カクレキリシタンの実像』と題する本を読んだばかり。
なんというタイミング!
トーハクさん、ソルティの心を見抜いてますね。
今回展示されているのは、江戸幕府による禁教令が発布されたあとに、長崎奉行所が取締りの際に信徒から押収した品々。
明治以降、これらは長崎県に引き継がれたが、取り扱いに困った長崎県が国に引き取ってもらい、その後、内務省社寺局を経てトーハクに収蔵された。

イエス・キリスト像

聖母子像の踏絵(真鍮製)
目鼻がすっかり摩滅している。
いったい何千回踏まれたことか?

観音菩薩立像(17世紀中国製)
浦上村の潜伏キリシタンだった吉蔵が所持していた白磁製の観音像。
「ハンタマルヤ(サンタマリア)」と呼ばれ信仰されていた。

いったいに観音菩薩像をマリア像の代わりに拝んでいたようだ。

寿星立像(中国、磁製)
寿命をつかさどる寿星の化身。
寿星とは竜骨座のアルファ星カノープスのこと。
日本では七福神の中の「寿老人」として知られている。
天草で押収された寿星像は「丸やさま」と呼ばれていたという。


今秋リニューアルオープンする。
そのプレイベントとして、現在、トーハク(東京国立博物館)表慶館にて、高精細複製された伊藤若冲『動植綵絵』と狩野永徳『唐獅子図屏風』が公開されている。
いずれも三の丸尚蔵館にあるオリジナルを、(株)キャノン・京都文化協会・文化財活用センターの協力が生んだ最新技術と伝統技術の融合によって、忠実に再現したものである。
古い映画のデジタルリマスターみたいなものか?
技術的なことはよく分からないが、本物そっくりの作品を間近でじっくり観られるらしい。
小雨降る平日、上野駅に降り立った。

東京国立博物館・表慶館
実はここに入るのははじめて。
京都国立博物館旧本館と同じ片山東熊による設計。

平常展観覧料(一般1000円)のみで鑑賞できる。
ソルティは顔パス、じゃなくて学生メンバーズパス(年会費1200円)で入館。
(すでに元はじゅうぶん取った)

4/17~5/17まで開催
『動植綵絵』は全部で30点。
うち15点が展示されていた。
入替後の後期(5/2~)にまた行きたいが、大混雑の予感がする。
ガラスケースがないので、30cmの至近距離で絵を見ることができる。
撮影も可。

伊藤若冲(1716~1800)と言えば鶏。
色彩と構図がもたらす迫力が凄い!

近寄ってさらにびっくり!
ほとんど細密画の世界。
若冲はおそらくサヴァン症候群だったろう。

雌雄でなくオス同士のつがい。
若冲と相国寺禅僧・大典顕常の生涯続いた親密な関係を匂わせる。
そもそも『動植綵絵』は相国寺に寄進する目的で描かれた。

セルフポートレートで有名な芸術家の森村泰昌が、この絵は男色の隠喩であると言っていた。
たしかに菊の花は古来男色の象徴である。
2つの青い岩が男根sなのだという。

若冲の「白」はあでやか。
会場には高精細複製技術の概要を伝える映像が流れていた。
高性能カメラによる撮影+コンピュータ解析と目視による色合わせ+世界最高レベルの印刷技術(基底材は絹)、そこに古来よりの金箔・金泥や表装の伝統技術が加わる。
筆使いはもちろん、絵の具だまりすら再現する複製技術に驚嘆した。

孔雀の羽の模様部分に金泥が塗られている。

桃とオオルリ

菊とスズメ

雪の中のサザンカ

芍薬にとまるアオスジアゲハ

狩野永徳『唐獅子図屏風』
223.6cm × 451.8cm
信長や秀吉に重用された永徳(1543~90)の代表作。
国宝2点をたっぷり堪能したあとは本館1Fへ。
ここで、なんとびっくり!
足利・光得寺の厨子入り大日如来が展示されていた!
運慶作と言われる国内の仏像のうち、ソルティが観ていなかった最後の2体のうち1体である。(残り1体は神奈川・称名寺の大威徳明王像)
保全のため光得寺から東博に移されていることは聞きかじっていたけれど、まさかこんなタイミングでなんら苦労なしに出会えるとは思わなかった。
トーハクさんってば味なことする。

北条政子の妹婿であった足利義兼が運慶に依頼したとされる。
樺崎寺に納められた大日如来像(現在半蔵門ミュージアムにある)と同時期につくられ、こちらは義兼が身近に置いて拝んだものと推測されている。
明治期の廃仏毀釈以前に光得寺の所蔵となった。

言われてみれば(笑)、ハリのある頬の具合や、智拳印に組んだ両腕と胸郭とが生み出す空間の感じが、半蔵門の大日如来とも、奈良・円城寺の大日如来とも、よく似ている。
重要文化財にとどまっているのは、あとから金箔を押したからだろう。
このときソルティの周囲は外国人ばかり。
誰も足を止めないのが珍妙。
「運慶だよ、運慶!」

和歌山・道成寺の毘沙門天像(平安前期)
どっしりした勇壮感のうちにも軽みを備える見事な造形。
道成寺って、たしか安珍・清姫の物語で有名な・・・・。

康円作『渡海文殊菩薩群像』
安倍文珠院の快慶作のものとくらべると迫力負けするが、各像の表情は人間っぽくて趣きがある。

驚くのはまだ早かった。
フロアを順路通りに進んでいくと、本館4室で「隠れキリシタン」関係資料の展示をおこなっていた。
ソルティは最近、『カクレキリシタンの実像』と題する本を読んだばかり。
なんというタイミング!
トーハクさん、ソルティの心を見抜いてますね。
今回展示されているのは、江戸幕府による禁教令が発布されたあとに、長崎奉行所が取締りの際に信徒から押収した品々。
明治以降、これらは長崎県に引き継がれたが、取り扱いに困った長崎県が国に引き取ってもらい、その後、内務省社寺局を経てトーハクに収蔵された。

イエス・キリスト像

聖母子像の踏絵(真鍮製)
目鼻がすっかり摩滅している。
いったい何千回踏まれたことか?

観音菩薩立像(17世紀中国製)
浦上村の潜伏キリシタンだった吉蔵が所持していた白磁製の観音像。
「ハンタマルヤ(サンタマリア)」と呼ばれ信仰されていた。

いったいに観音菩薩像をマリア像の代わりに拝んでいたようだ。

寿星立像(中国、磁製)
寿命をつかさどる寿星の化身。
寿星とは竜骨座のアルファ星カノープスのこと。
日本では七福神の中の「寿老人」として知られている。
天草で押収された寿星像は「丸やさま」と呼ばれていたという。

守裂(スカプラリオ)と呼ばれる携帯用のお守り。
聖母マリアや聖人などの図柄が刷られた2枚の布を紐でつなぎ、胸と背中に当たるようにして首からかけた。

聖母像(親指のマリア)
17世紀にイタリアで制作されたもの。
イタリア人宣教師ジョバンニ・バッティスタ・シドッチ(1667~1714)が持参したもの。
宝永5年(1708)、シドッチは屋久島に上陸し、間もなく薩摩藩に捕らえられた。江戸に送られ、新井白石の取り調べを受けたのち、殉教した。
名の由来は、マントから親指だけが覗いているからであろう。
17世紀にイタリアで制作されたもの。
イタリア人宣教師ジョバンニ・バッティスタ・シドッチ(1667~1714)が持参したもの。
宝永5年(1708)、シドッチは屋久島に上陸し、間もなく薩摩藩に捕らえられた。江戸に送られ、新井白石の取り調べを受けたのち、殉教した。
名の由来は、マントから親指だけが覗いているからであろう。

