2024年創元推理文庫
山田蘭・邦訳
ホーソーン&ホロヴィッツのH2コンビによるミステリー第5弾。
第4弾『ナイフをひねれば』まで読んで、肝心の探偵役ホーソーンの魅力にかげりを感じ、コンビの関係性も愉快に思えなくなっていたので、第5弾に手を出すか迷った。
が、GWに気軽に読める本格ミステリーを一冊選ぶとなれば、やっぱりホロヴィッツに手が伸びてしまう。
読みやすさ、筋の運びの上手さ、適度の軽さとミーハー性、伏線回収の心地よさ、現代性など、コナン・ドイル、クリスティ、クイーン、ディクスン・カーなど黄金時代の作家たちを追慕する本格ミステリーファンの好みに通暁している。
イヤミスや社会派ミステリーやサイコサスペンスのような後味の悪さを残さない、五月の風のような爽やかな娯楽性、それは“牧歌的ミステリー”と言うにふさわしい。
期待通りの楽しい読書タイムが持てた。
読み始めてすぐ「あれ?」と気づくが、本作はこれまでの4作と違って三人称スタイルがとられている。
つまり、ホーソーンの傍らに控えその捜査活動を実況する“できの悪い”助手ホロヴィッツの手記、という形をとっていない。
これは今回語られる殺人事件が、ホロヴィッツとホーソーンが出会う前にホーソーンが関わった事件、すなわち過去の物語だからである。事件はすでに終わっている。
探偵役としてホーソーンは登場するが、助手はホロヴィッツではない別の人物である。
助手ホロヴィッツは過去の事件についての本を書くために、ホーソーンから当時の話を聞き、資料をもらい、数年後の事件現場をひとりで取材に行く。
前4作で見られた事件解決に至るまでのH2コンビのとげとげしいやりとりがない。
おかげで、いささか不愉快に感じられつつあった2人の関係性にかかわる描写が減り、かつまた、ホロヴィッツ以外の助手(相棒)を相手にした時のホーソーンの態度が常よりマイルドなのを知って、ホーソーンの印象もちょっと持ち直した。
(助手としてでなくて)創作者としてのホロヴィッツが、今回意図して三人称スタイルにしたのかどうかわからない。
が、よいタイミングでの軌道修正と思った。
日本の読者にとって一番の驚きは、作中で本邦のミステリー作家である島田荘司と横溝正史について言及されていることだろう。
密室殺人に関する話題の中で、すぐれたトリックの考案者として2人の名前と代表作が上げられる。
日本のミステリーファンにとってうれしいこと限りない。
ひょっとしたら、これは日本語版だけのSpecialサービスであって、アメリカ版にはアメリカの推理作家とその作品が、ドイツ語版にはドイツの推理作家とその作品が、中国版には中国の・・・・が、上げられているのかもしれない。
それに関して言えば、実は、ソルティが本作を最後まで読んで、「趣向的に一番近いなあ」と思ったのは、京極夏彦の代表的シリーズのなかの一作であった。
ホロヴィッツがそれを読んでいるのかどうか知らないが、今からそれを読んで本作との類似に気づいたら、「ちっ、やっちまった・・・・」と舌打ちすることだろう。
ソルティの悪いクセで、どうしてもミステリーを読むとアラ探しをしてしまう。
本作の密室トリックはいまひとつの出来。
だいたい警察(鑑識)が、真犯人が密室から抜けだすのに用いたトリック(痕跡)に気づかぬはずないと思う。
本作の最大の欠陥は死体の処理方法だろう。
これ以上は言えないが、あまりに杜撰すぎて、作家ホロヴィッツが真犯人に与えた性格とは合致しないこと甚だしい。
おすすめ度 :★★★
★★★★★ もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★ 面白い! お見事! 一食抜いても
★★★ 読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★ いい退屈しのぎになった
★ 読み損、観て損、聴き損
山田蘭・邦訳
ホーソーン&ホロヴィッツのH2コンビによるミステリー第5弾。
第4弾『ナイフをひねれば』まで読んで、肝心の探偵役ホーソーンの魅力にかげりを感じ、コンビの関係性も愉快に思えなくなっていたので、第5弾に手を出すか迷った。
が、GWに気軽に読める本格ミステリーを一冊選ぶとなれば、やっぱりホロヴィッツに手が伸びてしまう。
読みやすさ、筋の運びの上手さ、適度の軽さとミーハー性、伏線回収の心地よさ、現代性など、コナン・ドイル、クリスティ、クイーン、ディクスン・カーなど黄金時代の作家たちを追慕する本格ミステリーファンの好みに通暁している。
イヤミスや社会派ミステリーやサイコサスペンスのような後味の悪さを残さない、五月の風のような爽やかな娯楽性、それは“牧歌的ミステリー”と言うにふさわしい。
期待通りの楽しい読書タイムが持てた。
読み始めてすぐ「あれ?」と気づくが、本作はこれまでの4作と違って三人称スタイルがとられている。
つまり、ホーソーンの傍らに控えその捜査活動を実況する“できの悪い”助手ホロヴィッツの手記、という形をとっていない。
これは今回語られる殺人事件が、ホロヴィッツとホーソーンが出会う前にホーソーンが関わった事件、すなわち過去の物語だからである。事件はすでに終わっている。
探偵役としてホーソーンは登場するが、助手はホロヴィッツではない別の人物である。
助手ホロヴィッツは過去の事件についての本を書くために、ホーソーンから当時の話を聞き、資料をもらい、数年後の事件現場をひとりで取材に行く。
前4作で見られた事件解決に至るまでのH2コンビのとげとげしいやりとりがない。
おかげで、いささか不愉快に感じられつつあった2人の関係性にかかわる描写が減り、かつまた、ホロヴィッツ以外の助手(相棒)を相手にした時のホーソーンの態度が常よりマイルドなのを知って、ホーソーンの印象もちょっと持ち直した。
(助手としてでなくて)創作者としてのホロヴィッツが、今回意図して三人称スタイルにしたのかどうかわからない。
が、よいタイミングでの軌道修正と思った。
日本の読者にとって一番の驚きは、作中で本邦のミステリー作家である島田荘司と横溝正史について言及されていることだろう。
密室殺人に関する話題の中で、すぐれたトリックの考案者として2人の名前と代表作が上げられる。
日本のミステリーファンにとってうれしいこと限りない。
ひょっとしたら、これは日本語版だけのSpecialサービスであって、アメリカ版にはアメリカの推理作家とその作品が、ドイツ語版にはドイツの推理作家とその作品が、中国版には中国の・・・・が、上げられているのかもしれない。
それに関して言えば、実は、ソルティが本作を最後まで読んで、「趣向的に一番近いなあ」と思ったのは、京極夏彦の代表的シリーズのなかの一作であった。
ホロヴィッツがそれを読んでいるのかどうか知らないが、今からそれを読んで本作との類似に気づいたら、「ちっ、やっちまった・・・・」と舌打ちすることだろう。
Antonio LópezによるPixabayからの画像
ソルティの悪いクセで、どうしてもミステリーを読むとアラ探しをしてしまう。
本作の密室トリックはいまひとつの出来。
だいたい警察(鑑識)が、真犯人が密室から抜けだすのに用いたトリック(痕跡)に気づかぬはずないと思う。
本作の最大の欠陥は死体の処理方法だろう。
これ以上は言えないが、あまりに杜撰すぎて、作家ホロヴィッツが真犯人に与えた性格とは合致しないこと甚だしい。
おすすめ度 :★★★
★★★★★ もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★ 面白い! お見事! 一食抜いても
★★★ 読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★ いい退屈しのぎになった
★ 読み損、観て損、聴き損


