1954年青年俳優クラブ制作
83分、白黒

億万長者

 政治家と官僚の汚職、原水爆問題、悲惨な貧困家庭など、50年代当時の日本をからりとしたタッチで描くブラックコメディ。
 安部公房が脚本にクレジットされていて驚いたが、ウィキによれば、実際には安部の書いた脚本は採用されず、市川の妻である和田夏十が書き直したらしい。
 『億万長者』というタイトルから、一獲千金を手にした庶民の話、あるいはセレブの豪奢な生活ぶりを連想したが、むしろ真逆の内容。
 タイトルは、戦後の庶民の貧困ぶりを揶揄っているのだろう。

 主役の税務職員を演じる木村功。
 この人はだれかに似ているとずっと思っていたが、本作で気がついた。
 ユースケ・サンタマリアである。
 放射能を極端に恐れる男という設定なのだが、実際に、木村が軍隊に召集されているときに広島にいた父母が被爆し、亡くなったという。
 木村という役者のもつ翳りの由来は、そこにあったか。

 子沢山の芸者役の山田五十鈴がいい。
 コメディからシリアスや悲劇まで、文芸調から時代劇まで、どんな役でもこなせる演技力と存在感は、他の女優に替え難い。
 自室での原爆開発を目論むマッド・サイエンティストのような女を演じる久我美子も、常にない役柄で面白い。
 ほかに、伊藤雄之助、信欣三、高橋豊子(とよ)、岡田英次、加藤嘉、左幸子、北林谷栄、西村晃、原泉など、個性咲き誇る昭和の役者たちの競演が楽しい。

 市川の演出は可もなく不可もなく。
 軽快なテンポをのぞけば、まだ後年の(『ぼんち』、『黒い十人の女』、『破戒』、『雪之丞変化』、『犬神家の一族』など)市川印のスタイルの確立は見られない。

 本作公開の1954年は、ビキニ環礁における第五福竜丸被爆事件があった年(3月1日)である。
 ラストシーンでの、子沢山の貧困一家が、どこかで拾ってきたマグロをみんなで食べて死んだというくだりは、漁船の被爆と風評被害を前提としたブラックジョークである。

幻視マグロ
アサヒグラフ』 1954年3月31日号



おすすめ度 :★★★

★★★★★ 
もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損