1984年民族文化映像研究所
145分

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新文芸坐(池袋)にて鑑賞

 民族文化映像研究所(民映研)は、姫田忠義らが 1976年に設立した、民俗学をテーマにした映画を製作する団体。
 日本列島の津々浦々に伝わる生活や民俗を撮影し、2013年に姫田が没するまでに、フィルム作品119本、ビデオ作品150本にのぼる記録映画を制作している。
 本作は、1971年に着工した奥三面ダム(2001年完成)の建設により今は水没してしまった、新潟県村上市の三面(みおもて)集落の春夏秋冬と人々の暮らしを描いている。


三面集落のあった地点を見下ろすようにメモリアルパークがある

 まるで民俗学のテキストのような作品。
 1200年の歴史をもつ山奥の孤村で、先祖代々受け継がれてきた生業(農業・林業・狩猟・採集)、衣食住、信仰伝承、年中行事、口承文芸などが、一年間のサイクルで映し出される。
 撮影スタッフは、同集落に家と畑を借り、4年間調査取材したという。
 村人たちとの深い関係が築かれたからこそ、ここまで微に入り細を穿ったありのままの暮らしが撮影できたのだろうし、また、まもなく失われていく故郷の姿を記録に残しておきたいという村人たちの悲痛な思いが映像化実現を可能にしたものと思われる。
 同じ頃にやはりダム建設で消滅した、岐阜県揖斐郡徳山村を舞台にした神山征二郎監督『ふるさと』という映画がある。

ダム

 ソルティは奈良大学通信教育において民俗学を履修したが、残念ながら、テキストや本などの活字からだけであった。
 こうして映像を通じて、古い歴史をもつ日本の山村の春夏秋冬の暮らしぶりをかいま見ることで、人々の体温や息づかいや思いに触れたように感じられた。
 本来なら、現地に直接行って、この目で見、この耳で聴いてこその、いわゆるフィールドワーク(民俗調査)あってこその民俗学なのだが、令和現在、もはや三面のように、数百年前からの暮らしぶりを保っている村落など、見つけることが叶わない。
 一年の半分を雪に閉ざされた三面は、もっとも近くの町に出るにも40kmの山越えを必要とした。
 ガラパゴス的に残った“昔の日本”だったのである。

 春になると、一家総出で川を上ってワラビを採りに行く“ワラビキャンプ”の模様をはじめ、季節ごとの仕事や行事や祭礼が興味深い。
 中でも、昨今話題となっている熊狩りの一部始終を映した部分が、驚ろきもし、今となっては非常に稀少な記録と思えた。
 そう、三面は「マタギ村」としても知られていたのである。

 村の男たちは、昔ながらのマタギ装束を身に着け、猟銃を手に、根雪の残る春まだ浅き山に入り、熊の巣穴を一つ一つ調べていく。
 それも、実際に熊が冬眠している巣穴に這いつくばって体ごと入り込んでいくのである。
 なんて危険なことを!
 と驚くけれど、マタギたちは熊の生態――冬眠中の熊は簡単には起きない――をよく知っているのだろう。
 撃ち取った熊は、全身無駄なく、様々な用途に用いられる。
 このようなマタギたちがいなくなったことが、現在の熊害(ゆうがい)につながっているのではなかろうか?

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マタギ装束を身に着けた男たち
 
 本作を観てすぐに気づくのは、登場する村人が40歳以上の中高年と女子供ばかりという点である。
 昭和の終わり頃には、20~30代の若者たちは、三面から山を越えて町に出て、2次産業・3次産業に従事していたのである。
 「あんな不便な田舎はいやだ!」
 「男尊女卑・年功序列の伝統に縛られた窮屈な社会から逃げたい!」
 「何をやるにも、人の眼や噂がつきまとう頑迷固陋な部落は嫌だ!」
 「もっといろいろな人と出会いたい!」
 「もっと広い世界を見たい!」
 「生まれた子供にもっと“いい”教育をほどこしたい!」
 当時ソルティと同年配だった若者たちの気持ちはよく分かる。
 たとえ、ダム建設の話がなくとも、三面集落は消える運命にあったのかもしれない。

 できれば、白川郷・五箇山の合掌造り集落のように、奥三面の集落もその生業や風習や年間行事と共に、文化遺産として残してほしかった。
 そう思ったけれど、ゲイであるソルティもまた、もし三面に生まれていたら、きっと村をあとにしていただろう。
 生まれ育った伝統社会の中で生きづらさを抱える人間は常にいる。
 本作には、そういった閉鎖された集落が持つマイナス面が描かれていない。
 それは民俗学でなく、社会学の仕事であろう。
 そこのところを想像で補いつつ玩味されたし。

山菜



おすすめ度 :★★★★

★★★★★ 
もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損