もはや勝手知ったるという感じだが、いつ行っても、清潔で、静かで、落ち着いた空間が広がっていて、スタッフは親切で、居心地が良い。
今回も2時間半あまり滞在した。
現在開催中の特別展示は『ガンダーラの仏像と仏伝―釈尊のすがた―』。
高田修著『仏像の誕生』(岩波新書)を読んだばかりだったので、とても興味深く、しげしげと鑑賞することができた。
やはり、ある程度の知識をもって仏像に臨むのと、そうでないのとでは、大きな違いがある。
仏教の中心教義について、お釈迦様の生涯(仏伝)について、仏教史について、石造文化財の長所と短所について、古代ギリシア・ローマ彫刻について、仏像誕生にまつわる学説について、そして仏像のみかた・・・。
自分の持っている知識やこれまでの鑑賞体験を総動員して像に向きあうと、像がいろいろ語りかけてくれる。
特に、ガンダーラ仏教美術を観るにあたっては、20代終わりの最初の失業時におこなったイタリア一周旅行と、繰り返し読んだ手塚治虫先生の『ブッダ』が、役に立っていることを実感する。
将来に対する不安を抱えながら、とくに何の目的もなく、イタリア各地の古代ギリシア・ローマ彫刻を浴びるほど観まくった経験が、40年以上経って、こんなかたちで生きてくるとは思わなかった。
考えてみれば、ソルティのはじめての海外旅行は、二十歳の時に行ったインドだった。
ニューデリーから入って、タージマハルのあるアグラ、ベナレス、ブッダガヤ、サールナートなどを通って、カルカッタから帰路についた。北インドを横断したのだ。
お釈迦様が悟りを開いたブッダガヤと、最初の説法(初転法輪)を行ったサールナートの二大聖地に足を運んでいる。
両聖地を領している清浄と安らぎに満ちた“気”には、ほんと癒されたけれど、そのときはいつの日か自分が仏教徒になるとは思いもしなかった。
なんだか人生の伏線回収している気がする60代である。
仏像について知見を深めるのなら、やっぱ、シルクロードについて学ばなければいかんのかなあ~。
奈良大学通信教育学部の選択科目には「シルクロード学」がある。
サブテキストに載っている学習目標には、「シルクロードの歴史と文化を学ぶなかで、身近にあるシルクロード以来の文化・文物に関心を持ち、分析・考察するための感性と知識を身につける」とある。
たしかに、パルテノン神殿に通じる法隆寺回廊のエンタシスの柱や、飛鳥時代の建築や工芸品に見られる忍冬唐草文様、當麻寺の四天王像(三天王だが)のアリストテレスのような風貌、それに東大寺南大門の運慶・快慶ら作の仁王像とギリシア神話のヘラクレス像の類似に接すると、シルクロードを通じた古代ギリシア・ローマ文化の伝播を思わざるを得ない。
青森県新郷村のキリストの墓伝説や伊勢谷武著『アマテラスの暗号』まで行くと眉唾物だけれど、古代におけるユーラシア大陸の東西の文化交流は、思っている以上に深いものがあるのかもしれない。
正史に記されていない部分で、キリスト教がどこまで東に伝わったか、仏教がどこまで西に伝わったか、気になるところである。
ただ、サブテキストの科目紹介を見ると、学習すべき範囲がとても広く(ユーラシア大陸横断だけに)、参考文献もどっさり上げられていて、レポート課題もなんだか難しい。
正史に記されていない部分で、キリスト教がどこまで東に伝わったか、仏教がどこまで西に伝わったか、気になるところである。
ただ、サブテキストの科目紹介を見ると、学習すべき範囲がとても広く(ユーラシア大陸横断だけに)、参考文献もどっさり上げられていて、レポート課題もなんだか難しい。
パスするつもりでいたのだが、どうしたものか・・・・。








ソルティはかた
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