先日、歴史文学論の試験を受けた。
1番~10番のどの問題が出るかドキドキした。
割合自信のあるものから「出なければいいなあ」というものまで、また、1000字以下のものから1300字を超えるものまで、作成した答案のレベルもまちまちであった。
出題されたのは、2番「旅行く人への送別としてどのようなことをしていたか」。
それほど苦労せずに作れた答案だったので、ほっとした。
994字という字数は、作った10個の答案の中で2番目に短かった。
それでも、A3答案用紙の表面だけで終わらず、裏面の1/3くらいは使った。
ただ右から左に書き写すだけの作業に40分かかった(持ち込みOK)。
1300字超えの答案だったら、回答用紙的にも時間的にも収まりきれなかったかもしれない。
今回取り組んだ10題の中では、4番の西行に関するテーマが一番面白かった。
「民話の中の西行と、歌人としての西行との違い」を問うものである。
民話の中の西行というのをソルティは知らなかった。
自分が過去に住んだことのある地域において、そのような西行伝説など聞いたことなかった。
歌人としての西行ならば、百人一首の「嘆けとて月やはものを思はするかこち顔なるわが涙かな」とか、辞世の歌として有名な「願はくは花の下にて春死なんそのきさらぎの望月のころ」などは知っていた。(西行はこの歌の通りに、建久元年2月の望月の日に亡くなった) もともとは鳥羽上皇に仕える有能な武士であって、平清盛や源頼朝とも親交があったことも何かで読んでいた。
民話の中の西行は、こうした偉人イメージを裏切るような道化キャラで、旅の先々で出会った女子供や動物に“お得意の”歌でやりこめられ、笑われ、すごすごと来た道を引き返す情けない存在なのであった。
ソルティの住んでいた地域周辺にこそなかったけれど、ちょっと離れた埼玉県寄居町に西行伝説があった。
秩父を山歩きしたときに、この地を訪れている。
西行が寄居町末野にやって来たのは、秩父への歌の修行に向う途中だった。末野を流れる逆川にかかる土橋まで来ると、子どもがショイコを背に鎌を振り振り渡ってきます。そこで西行は「小僧、どこへ行く」と問いかけました。すると子どもは「冬ぼきの夏枯草(麦)を刈りに行く」と無造作に答えた。西行は「冬ぼきの夏枯草」とはなんのことかわからず困ってしまった。子どもは西行の困った顔をよそに、さっさと行ってしまった。
またこの時、橋のたもとのあばらやで、美しい小娘がハタを織っている姿に西行はうっとりとみとれているうちに、急にその絹がほしくなり、「その絹を売るか」とたずねました。すると娘は、「ウルカとは、川の瀬にすむ鮎のはらわた」とまるで禅問答のように言うのです。そこで西行は、秩父路では、少年も少女もむずかしい歌をたやすく作る。自分は恥ずかしいといってこの橋から戻ってしまいました。
今もこの橋を「西行戻り橋」と呼んでいるのはそのためです。(ホームページ気ままなぶらり旅より抜粋)
探せば、全国各地に同じような伝説が残っているらしい。
中には、結構きわどい猥談風なものもある。
西行さんも受難やな~。

西行戻り橋(寄居町末野)
試験が無事済んだ帰り、前から気になっていた茗荷谷のキリシタン牢屋敷跡を散策してみた。


庚申坂を下って、丸ノ内線ガードをくぐる

茗荷谷という名前の由来がよく分かる

その昔キリシタン坂と呼ばれた。
捕らえた隠れキリシタンを引き回した。

坂の頂上付近
今では閑静な高級住宅街(いわゆる山の手)になっている

坂の上からガードを見下ろす

坂のてっぺんを右折したところに屋敷跡がある


最後の潜入バテレン(宣教師)ジョバンニ・バッティスタ・シドッチ(1667~1714)もここに収容された。ここは一応、転びバテレン(キリスト教を捨てた者)の収容所だったが、シドッチは最後まで信仰を曲げず処刑された。

現在、高級マンションが建っている。
小石川小日向(現在の東京都文京区小日向1-24)
以下、案内板に載っている図面。




キリシタン屋敷は筑後守井上政重の江戸屋敷であった。
政重は、徳川秀忠・家光に仕え、島原の乱鎮圧につとめ、宗門改役に任ぜられた。
つまり、幕府のキリシタン禁令政策の中心人物、「踏み絵」で知られる残虐極まりないキリシタン迫害の筆頭であった。
ここでソルティがなんとも残酷にも不可解にも思うのは、政重自身が転びキリシタンであった、つまりもともとキリシタンであったという点である。
徳川将軍が、そうした経歴を持ちキリシタンの心情に詳しい政重を、あえて宗門改役に任命したのか、それとも、政重自身が自分から名乗り出たのか、詳しいことは分からない。(マーティン・スコセッシの映画『沈黙 -サイレンス』では、イッセー尾形が、複雑な性格をもつ政重を見事に演じていた)
転んだ(転向した)人間が、もと自分が信奉していた信仰なり思想なりをかえって激しく批判し、それをいまも信じている者たちに対して冷酷に振る舞う、というのは、全共闘世代の転向組の評論家あるいは元LGBT活動家の右翼などを例にあげるまでもなく、意外とよく見聞きする現象である。
この振る舞いの背後に潜む人間心理にソルティは興味がある。

曹洞宗伝明寺(藤寺)
高架を走るは丸ノ内線、地下鉄である。

徳川家光が鷹狩の帰りに立ち寄って、藤を愛でたという

藤の木
見頃はゴールデンウィーク前後

「丼太郎」で昼食
茗荷谷駅に戻る途中にある。

かいわれたっぷり牛丼
安くて美味しい!
試験に合格しますように🙏



奈良監獄博物館、おもしろそうですね。
夏なので、天候と相談しつつ計画を立てようと思います。
ソルティはかた
が
しました