1933年原著刊行
2011年河出文庫
シャングリラ(SHANGRILA)という言葉は、ガンダーラやアルカディアや桃源郷やエル・ドラドと同じく理想郷(ユートピア)を意味する。
ミュージシャンがよく歌詞に使用する。
ミュージシャンがよく歌詞に使用する。
ソルティがすぐに思いつくのは、ユーミンの『SHANGRILAをめざせ』と竹内まりやの『テコのテーマ』だが、ほかにも電気グルーヴとかチャットモンチーとかangelaなんかも歌っている。(後者2つは実は存在を知らなかった)
この語の起源となったのが本書である。
本書は、ヒマラヤ山脈の奥地にある神秘の理想郷シャングリラに拉致された、4人の西洋人の冒険譚であり、ユートピア文学であり、一種のスピリチュアル小説である。
これまでに2度映画化されている。(ソルティ未見)
著者のジェームズ・ヒルトン(1900-54)は、『チップス先生、さようなら』で有名なイギリス作家である。
主人公ヒュウ・コンウェイは、30代独身のイギリス領事。
有能で語学堪能、人を惹きつける魅力に富み、世界各地を見て回り、戦争はじめさまざまな経験をくぐり抜けてきた世故に長けた人物である。
インド北部のバスクルに滞在していたときに革命騒ぎが起こり、他の西洋人3名と飛行機でペシャワールに避難するつもりが、正体不明の男に機を乗っ取られ、チベット奥地に連れて行かれる。
そこがシャングリラであった。
19世紀末から20世紀初頭のチベットは秘境中の秘境。
峻厳な山に囲まれた天然の要害である上に、外国人の立ち入りを厳しく制限していた。
1900年に日本人で初めてチベット入りした河口慧海の『チベット旅行記』では、命がいくつあっても足りないような困難な旅の様子と、数百年変わることなく続いてきたチベットの風変わりな文化や風習が描かれている。
中国とチベット自治区の境には、いまだ人類未踏の梅里雪山(メイリーシュエシャン)という標高6,000mの山がそびえている。
いかにも仙人や聖者が住まう地としてふさわしい。
クリシュナムルティが神智学協会にいた若い時分、周囲の大人たちからその存在を吹き込まれ闇雲に師事していたのは、チベット奥地に住むマスター・クートフーミという霊的指導者であった。
本邦のヒマラヤ聖者ヨグマタ圭子は言うに及ばず。
梅里雪山
dragonshawnによるPixabayからの画像
dragonshawnによるPixabayからの画像
一口にユートピアと言っても、人によって思い描くイメージは異なる。
阿弥陀如来の極楽浄土を思い描く人もいれば、天使が飛翔するキリスト天国を想像する人もいよう。
ハワイやニューカレドニアのような白い砂浜とたわわな果実のなる南国風景を思い浮かべる人もいれば、酒池肉林の宴のさまににやける人もいよう。
AIがすべてを制御する労働から解放されたスマートシティこそ、昨今の流行りかもしれない。
コンウェイが連れて行かれたシャングリラは、ヒマラヤの絶景に囲まれた世にも美しい土地で、俗界の騒音や汚濁から遮断されている。
滋味豊かな土地と巨大な金鉱に恵まれ、人々はなんの心配も屈託もなく、平和に暮らしている。
そこを統べる僧侶たちは知恵にあふれ、感情に振り回されることなく、中庸の精神に生き、驚くべき若さと長い寿命を保っている。
図書館には各国のあらゆる書籍が揃い、僧侶たちはそれぞれが好きなテーマを見つけて研究に勤しんでいる。一流の音楽家もいる。
西洋の最新技術と東洋の精神文化が絶妙にミックスされたシャングリラの高度な文明に、コンウェイ一行は驚嘆し、なに不自由のないもてなしを受ける。
コンウェイ含む年かさの3人は、それぞれの思惑から、このまましばらくここに居続けてもかまわないと思うのだが、一番若い20代のマリンソンは家族をイギリスに残していることもあって、一刻も早く帰国したい。
マリンソンにしてみれば、当地で出会った美しい中国人の少女をのぞけば、シャングリラに自分を引き留めるものは見当たらない。
やがて、コンウェイはシャングリラの長老との面会が許される。
そこでこの地にまつわる驚愕の秘密を知るのであった。
読んでいて思ったのは、シャングリラはまるで現代の超高級老人ホームみたいなんである。
「全部屋から海の見える素晴らしい立地、豪華極まりない設備、高級レストランを引退した名シェフ、カラオケや映画ルームや図書館はじめ娯楽盛りだくさん、訓練されたスタッフによる質の高いサービス、全室に引かれた天然温泉・・・e.t.c.」
決定的に違うのは、比較的わがままな人の多い高級老人ホームでは人間関係の摩擦があって、たまに殺人事件に発展したりするけれど、シャングリラの人々は一種の悟りに達しているので「貪瞋痴(欲・怒り・無知)」から生じる諍いがない点である。
戦争でこの世の悲惨と人間の醜さを知り尽くしたコンウェイは、世俗への期待や欲望をもはや持たず、残りの生涯をシャングリラで過ごすことを望む。
が、目をかけて可愛がっていた部下のマリンソンとマリンソンを慕うようになった中国人少女との脱出の願いにほだされて、決死の山越えに乗り出す。
マリンソンは言う。
「半分死んだようになってまで生きているなんて、何がいいものか。どうせなら、太く短く生きたいね」
マリンソンは言う。
「半分死んだようになってまで生きているなんて、何がいいものか。どうせなら、太く短く生きたいね」
戦乱の世でなくとも、徳川家康じゃなくとも、ある程度世の中を知った人間なら「厭離穢土、欣求浄土」は一度は考えるところであろう。
日本は現在平和と豊かさを享受しているけれど、それでも日々の暮らしの中にはうんざりすることや滅入ることやイライラすることやカッとなることが多い。
ましてや、国の外を見渡せば、相次ぐ戦争と虐殺、独裁者に虐げられる国民、民族紛争、自然災害、止まらぬ核兵器と原発の製造、餓死するために生まれてくる子供たち、若者たちの麻薬汚染、女性や黒人や障害者やLGBTなどマイノリティへの差別と暴力・・・・。
どうしようもない世界、薬のつけようのない我等人類である。
どうしようもない世界、薬のつけようのない我等人類である。
ソルティが仏教にひかれた理由の一つも、つまるところ、そこ(厭離穢土、欣求浄土)にあった。
なので、本書を読みながら考えていたのは、「自分だったらどうするだろう? コンウェイのように天涯孤独の身であるとしたら、シャングリラを選ぶだろうか、それとも、苦しみは避けられないものの喜びや快楽もある俗界を選ぶだろうか?」というものであった。
50代だったら、たぶん俗界への帰還を選ぶだろう。
しかし、60代のいまは・・・・。
むろん、高級老人ホームに入りたいわけではない。(入れないって)
おすすめ度 :★★★★
★★★★★ もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★ 面白い! お見事! 一食抜いても
★★★ 読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★ いい退屈しのぎになった
★ 読み損、観て損、聴き損


