「東京タワーにのぼったことがない」と言う東京出身者が結構いるように、大阪生まれの人は通天閣に、名古屋生まれの人は名古屋城に、函館の人は五稜郭に、那覇の人は首里城に、網走の人は網走刑務所に、行ったことのない人が多いのであろうか?
「近いからいつでも行ける」
「いつも見ている風景なので目新しさを感じない」
だから、わざわざ行ってみようと思わないのかもしれない。
以前、仕事で大阪に行ったとき、ぽっかり空き時間ができたので、心斎橋をウロウロしていたら、「とんぼりリバークルーズ」という看板が目に入った。天気も良かったし、水の都と言われた大阪を実感するのも面白いと思って、ビール缶片手に乗り込んだ。同乗者は、見事、地方からの観光客と中国人グループであった。川風は気持ちよく、行く手をさえぎるもののない開放感を味わいながら、道頓堀から見上げる浪花の街はすこぶる面白かった。
東京では隅田川クルーズが有名である。特に、桜の頃や花火の時期はとても賑わっている。
しょっちゅう、総武線で渡って眼下に見ている隅田川だが、ここもまた東京タワー同様、わざわざクルーズしてみようとは思わない、都会の遊びの盲点となっていた。
来月から始まる介護の学校の入校説明会が両国の江戸東京博物館であった。
会場となったホールの隣りでは「世界遺産ベネツィア展」をやっていた。そのポスターを見ているうちに、20年ほど前に訪れたベニス(と言ったほうがピンと来る)の風景が浮かんできた。それが文字通り「呼び水」となった。説明会が終わり両国駅に向かう途中、「東京水辺ライン」と大きく書かれた看板を目にしたら、ふらふらと乗船場のほうに足が向いていった。時刻表を見ると、ちょうど15分後に本日最後の便が出る。天気も最高。風もない。ついにやってきたか、この機会。
隅田川デビューとあいなった。
運行ルートは両国を出発して東京湾へと向かう。レインボーブリッジを前方に眺めながら浜離宮で着岸。そこからUターンして今度は流れをさかのぼる。両国をいったん通り過ぎて、浅草まで遊覧して、またUターンして両国に戻ってくる。約1時間の船旅。
複数のルートが用意されていて、一番長いので乗船時間7~8時間というのもある。船酔いする人にとっては拷問のようなものだな。
自分が乗ったときは、まだ周囲は明るく、秋の空は青く澄み渡り、川面はキラキラと照り輝いていたが、帰路ではビルの谷間に陽は落ちて、西の空はほんのりオレンジに染まり、林立するビルの黒いシルエットを浮き立たせていた。
なんと、行きの客は自分ひとり、帰りは浜離宮でもう一人乗っただけであった。(公益財団法人が運営。仕切られないといいですね~)
ベニスほどではないにしても、水上から見た夕暮れの東京は一見の価値あり。
中州に蜃気楼のように、あるいはボウリングのピンのように立ち並ぶビル群の、シュールな姿。
13もの、色も姿も大きさも材質も異なる橋が、入れかわり立ちかわり目前に迫ってきては、遠ざかって、風景に吸い込まれて行く。
遊覧船、作業艇、行き違うほかの船たち。
帰りの乗客を満載し、いままさに鉄橋を渡る総武線。
陸上で見るのとはまた趣きの異なる両岸の風景。高速道路や企業広告でさえ、なんだか遊園地のアトラクションのように見え、本来の役目とは違った顔を見せてくれる。
気持ちの良い、心躍る、いっときの船旅であった。
●橋づくし
●すれ違う船舶
●広告たち
●東京タワーとスカイツリー
●川岸の風景