2009年オーストリア・ドイツ・フランス・イタリア制作。
ハネケ監督が1997年に撮った『ファニー・ゲーム』ほど、気味が悪く、後味の悪い映画はそうそうない。比肩できるのは、キューブリックの『時計じかけのオレンジ』くらいか。どちらも若者の常軌を逸した歯止めない暴力を描いているのだが、見終わった後の落ち着かなさの一番の理由は、暴力行為の動機がわからないまま、観る者に示されないままに終わるところにある。
『ファニー・ゲーム』では、縁もゆかりもない休暇中の家族を無目的に襲う二人の青年が、一見、礼儀正しく、白い上下の清潔感漂う「いいとこのお坊ちゃん」風の美青年であるだけに、その残虐性は一層恐ろしく、観るものの理解を超えた不気味さがあった。未見であるが、ハネケ監督は、同じストーリーを自らリメイクしているくらいだから、このテーマや設定によほど惹かれるものがあるのだろう。
この二人の美青年の関係性はなんなのか? いったい、ハネケは何を表現したいのか?
気にはなったが、あまりの後味の悪さをひきずって、それ以後の作品は追っていなかった。
『白いリボン』は、その回答編と言えるのかもしれない。
この映画を観てすぐに頭に浮かんだのは、今や古典とも言える心理学者アリス・ミラーの『魂の殺人』である。
ミラーは、豊富な臨床経験と研究をもとに、幼児・子供時代に親やその代理者から受けた暴力と、そこから逃れるすべがないために抑圧せざるを得ない屈辱や悲しみが、その子の人格形成に深甚な影響を与え、長じてから、何らかの機会があるとそれが表面化し、他者や社会に対する暴力へとつながる。その際とくに暴力の対象となるのは、抵抗される心配がなく、その行為を「しつけ」として正当化しうる自分の子供である。ということを、生涯にわたって指摘し続けたのである。
そして、無垢なる子供の人生をその出発時点において徹底的に破壊し尽くしてしまう、大人の暴力を「魂の殺人」と呼んだのであった。
ウィキペディア「アリス・ミラー」から引用する。
ミラーは、ヒトラーとその支持者を注意深く観察し、ナチズムが子供への暴力の一つの表現であると考える。というのも、ヒトラーの世代が子供だったころ、シュレーバー教育に代表される非常に厳格で暴力的な教育方法がドイツに広がっており、子供たちは家庭でも学校でも激しい暴力に晒されていた。ヒトラーも父親から日常的な殴打を受けて育っており、彼の政策は自分が受けた暴力を、全人類に対して「やり返す」性質のものであり、ドイツの多くの国民も、そのような政策を自分自身の衝動に一致していると感じて、支持したのではないか、としている。
まるで、この文章を骨子にして『白いリボン』のシナリオをつくったかのようである。
あとは、ドイツ映画のルーツ(カリガリ博士、ノスフェラトゥ)を思い起こさせるようなモノトーンの抑圧的な映像、長尺を感じさせない巧みな語り口、確かな人物造型とそれに的確に応えた役者たちの演技(特に、牧師とドクターと助産婦の3人は甲乙つけがたい)、カンヌグランプリもむべなるかな。(獲りに行ったという感じがしてしまうのが、ちょっと減点かな。)
鑑賞者は、真相の暴露と悲劇的な決着への予感を抱きながら、いつの間にやら、瀑布に向かってゆっくりと流れを運ばれていく船に乗せられてしまう。ひたひたと船底を洗う水の音を聴きながら、破滅のときを固唾を呑んで見守るほかない。その怖さたるや・・・。
今や、なぜ『ファニー・ゲーム』の青年たちが白い服に白い手袋をはめていたのか明らかである。
白は、ハネケにとって、無垢と抑圧の象徴なのだ。あの村の子供たちが成長した姿こそ、『ファニー・ゲーム』の青年たちだったのである。牧師の黒いガウンに、これ見よがしに、眩いほどに輝く白い襟こそ、プロテスタンティズムとファシズムをつないだ絆(Band)なのである。
しかるに、それが判明したからといって、少しも不気味さはなくならない。後味の悪さはいっこうになくならない。
なぜなら、子供たちの抑圧された感情は、数年後にファシズムとなって表面化し、何百万ものユダヤ人、障害者、同性愛者への迫害となって昇華したのであるから。
そしてまた日本もまたドイツと同じ穴のムジナであるに違いないのに、このように芸術の域にまで高められる自己省察をついに果たし得なかったという、不可思議な事実を思い起こすからである。
評価:B+
参考:
A+ ・・・・・ めったにない傑作。映画好きで良かった。
「東京物語」 「2001年宇宙の旅」
A- ・・・・・ 傑作。劇場で見たい。映画好きなら絶対見ておくべき。
「風と共に去りぬ」 「未来世紀ブラジル」 「シャイニング」 「未知との遭遇」
「父、帰る」 「フィールド・オブ・ドリームス」 「ベニスに死す」 「ザ・セル」
「スティング」 「フライング・ハイ」 「嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲」
「フィアレス」 ヒッチコックの作品たち
B+ ・・・・・ 良かった~。面白かった~。人に勧めたい。
「アザーズ」 「ポルターガイスト」 「コンタクト」 「ギャラクシークエスト」 「白いカラス」
「アメリカン・ビューティー」 「オープン・ユア・アイズ」
B- ・・・・・ 純粋に楽しめる。悪くは無い。
「グラディエーター」 「ハムナプトラ」 「マトリックス」 「アウトブレイク」
「タイタニック」 「アイデンティティ」 「CUBU」 「ボーイズ・ドント・クライ」
チャップリンの作品たち
C+ ・・・・・ 退屈しのぎにはちょうどよい。レンタルで十分。(間違って再度借りなきゃ良いが・・・)
「アルマゲドン」 「ニューシネマパラダイス」 「アナコンダ」 「ロッキー・シリーズ」
C- ・・・・・ もうちょっとなんとかすれば良いのになあ~。不満が残る。 「お葬式」 「プラトーン」
D+ ・・・・・ 駄作。ゴミ。見なきゃ良かった。
「レオン」 「パッション」 「マディソン郡の橋」 「サイン」
D- ・・・・・ 見たのは一生の不覚。もう二度とこの監督にはつかまらない。金返せ~!!