1942年松竹作品。
この映画を見るのは何回目だろう?
観るたびに、すでに完成の域に入りつつある小津ワールドの独特なリズムと時間の流れ(それは慣れないうちは眠くなるが、はまるとその心地よさに病みつきになってしまう麻薬である)に酔い、父と子が渓流釣りするシーン、城郭(上田城址?)で対話するシーンの圧倒的な美しさに心震える。
状態の良いフィルム、くっきりとした音声で、観たい聴きたいと、これほど思わせられる映画はない。
一方、観るたびに、ある種の居心地のわるさ、妙に落ち着かない気分を味わうことにもなる。
それは、この父親と息子の関係性に起因している。
戦前の日本の理想的な父親と、親思いの真面目な孝行息子。
なんの文句もないのであるが、この二人の関係、親子というより、なんだか恋人同士か夫婦みたいなのである。
成人後、秋田で学校教師をしている息子の良平(佐野周二)は、舎監の仕事の合間にふと手を止めて、ポートレートを取り出し、写真に微笑みかける。その相手は大学時代に知り合った恋人、ではなく、東京で働く父親の周平(笠智衆)である。彼の切なる願いは父親と一緒に暮らすこと。
宴会に行った父親の帰りを一人布団の上で待つ良平、帰宅した父親をうきうきと迎える姿は、夫の帰りを待つ新妻そのもの。父親と会話するときのうれしそうな表情からは色気さえ漂っている。
結婚相手を世話しようとする父親に、頬を赤らめ、はじらいながら、「おとうさんにおまかせします」と言うシーンなどは、畳の上に「のの字」でも書いているかと思うほど妙にかわいい、というか妙。
なんか見てはいけないものを見てしまったという感じがする。
父親もまんざらでない。息子と一緒に風呂に入ったり(そんなに広い風呂場がありそうな家には見えないのだが)、仏壇に向かい亡くなった母親に徴兵検査合格を報告する息子の姿を、口元をほころばせながら飽かず眺めている。
同性愛(近親相姦)のニュアンスがあるというのではない。それは小津映画にはありえない。
この父と息子のいっぺんの翳りもない愛情に満ちあふれた関係は、世間一般の普通の父子関係ではないと言いたいのである。
父と息子の関係は、ややこしいものである。
自分の場合を見てもそう思うが、世間的にも決して「互いへの尊敬と愛情に満ちた、いつもそばにいたい良好な関係」などではない。
母と息子ならそれは可能だろう。父と娘でもあり得よう。『晩春』の笠智衆と原節子はまさにそうだった。
だが、父と息子はそうはいかない。
西欧なら、父親を殺したオイディプスがいる。エデンの東、スターウォーズ。日本なら、巨人の星、美味しんぼ、エヴァンゲリオン、宮崎吾郎の『ゲド戦記』・・・。父親と息子は理解し合うことも愛情を示し合うこともなく、いつも闘っている。それが、あたかも父親と息子の宿命であるかのように。
息子にとって父親は、人生の先輩であり、見本であり、前に立ちはだかる岩壁であり、到達し乗り越えるべき山である。それは、常に自分にプレッシャーを与える存在である。
父親はまた社会の象徴でもある。個人として目覚め、個人として生きたいといきり立つ息子に対峙し、その気持ちを潰し、行動を束縛し、自尊心を打ち砕く社会というものが、人間の姿をして身近にあらわれたのが父親である。古今東西、父親の役割は息子を社会化させることにあった。(ここ過去形にしました。)
映画の中でも、周平は、「一緒に住みたい」という良平の希望を常に裏切り続けることで息子に忍耐と我慢を教え、いつかは出て行くことになる社会の厳しさに対し準備させている。父親としての役割をきちんと果たしている。決して、親子関係のとり方が間違っているわけではない。(息子に対する父親の役割について描いた映画に『父、帰る』がある。これは、つよい衝撃と深い考察を呼び起こす傑作。)
でありながら、あまりにうるわしすぎる父と息子の関係。
なぜそれが可能なのか?
そこにはいくつかの条件が前提としてある。
1. 母親がいない。父親が母親代わりもつとめていた。
2. 父親は再婚しなかった。
3. 息子は一人っ子である。
4. 息子の中学・高校・大学時代(いわゆる反抗期・疾風怒濤期)に、二人は離ればなれでいた。
5. 息子は結婚していない。晩生である。
6. 父親の人格が高潔である。
7. 息子の結婚が決まったとたん、父親は亡くなってしまう。
この条件のどれか一つ欠けただけで、二人の関係は微妙に変化し、うるわしい関係は崩れてしまう。
たとえば・・・。
周平が女房を亡くしたあとすぐに再婚して別の子供を作っていたら?
周平に良平のほかにも子供がいたら? とくにそれが娘だったら?
良平が思春期を周平と共に暮らしていたら?
良平の結婚後も父親が生きていて、ずっと同居するとしたら?
周平がアルコール中毒だったら? 女癖が悪かったら?
すべてが変わってくることが見えてくる。
いくつもの条件の稀なる積み重ねの結果として、あのような天上的な父子関係が一時的限定的に成り立ったのである。それはまるで、この世ではあり難い父子の姿をスクリーンに永遠にとどめんが為に、条件を考え出して、逆算して設定を作ったかのようである。
いくつもの困難を乗り越えた先に一瞬立ち現れた幻こそ「聖なるもの」の刻印が押されるにふさわしい。
評価: B+
「A-」をつけるつもりだったが、やはり一部フィルムの見にくさと音声の悪さは無視できない。
参考:
A+ ・・・・・ めったにない傑作。映画好きで良かった。
「東京物語」 「2001年宇宙の旅」
A- ・・・・・ 傑作。劇場で見たい。映画好きなら絶対見ておくべき。
「風と共に去りぬ」 「未来世紀ブラジル」 「シャイニング」 「未知との遭遇」
「父、帰る」 「フィールド・オブ・ドリームス」 「ベニスに死す」 「ザ・セル」
「スティング」 「フライング・ハイ」 「嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲」
「フィアレス」 ヒッチコックの作品たち
B+ ・・・・・ 良かった~。面白かった~。人に勧めたい。
「アザーズ」 「ポルターガイスト」 「コンタクト」 「ギャラクシークエスト」 「白いカラス」
「アメリカン・ビューティー」 「オープン・ユア・アイズ」
B- ・・・・・ 純粋に楽しめる。悪くは無い。
「グラディエーター」 「ハムナプトラ」 「マトリックス」 「アウトブレイク」
「タイタニック」 「アイデンティティ」 「CUBU」 「ボーイズ・ドント・クライ」
チャップリンの作品たち
C+ ・・・・・ 退屈しのぎにはちょうどよい。レンタルで十分。(間違って再度借りなきゃ良いが・・・)
「アルマゲドン」 「ニューシネマパラダイス」 「アナコンダ」 「ロッキー・シリーズ」
C- ・・・・・ もうちょっとなんとかすれば良いのになあ~。不満が残る。 「お葬式」 「プラトーン」
D+ ・・・・・ 駄作。ゴミ。見なきゃ良かった。
「レオン」 「パッション」 「マディソン郡の橋」 「サイン」
D- ・・・・・ 見たのは一生の不覚。もう二度とこの監督にはつかまらない。金返せ~!!