002 最近読んだ本の中で、最も面白かった。

 「反社会・学」―つまり、テロリズムや極道やアナーキズムやソーローの『森の生活』的社会離脱のすすめとか、そういった類いの本かと思って手に取ったら、「反・社会学」なのであった。
 うさんくさい統計や怪しげなアンケート調査を手がかりに社会問題を提起し、具体的な解決への道筋も方策も示さないままに無責任な悲観論を繰り広げるのをこととする社会学、そして社会学的手法によってもっともらしいウソの要因を捏造し、自分にとって都合の悪い真の原因から世間の目をそらせようとするスーパーペシミスト(スーペー)に対する反旗ののろしなのである。

 まな板にのせられるテーマは、だから、世間一般的にもっともらしく聞こえ、思わずうなずいて賛同してしまいかねない言説ばかりである。曰く、
 
○ 昨今、少年凶悪犯罪が増加している。
○ 日本人は勤勉な国民である。
○ 欧米の若者は自立している。
○ 読書にはすばらしい効用がある。
○ 人と人とのコミュニケーションやふれあいが大切である。
○ 少子化により労働力が減り、日本経済は破綻する。
○ 少子化により年金制度は破綻する。
○ イギリス人は立派で日本人はふにゃふにゃ。
○ パラサイトシングルやフリーターやひきこもりの増加が、日本をダメにする。 

 こういった言説の一つ一つを、論拠とされている統計の不備や欠陥をあばき、情報を流す者によって半ば意図的に隠されているデータ(特に海外の実態)を添えることによって、あれよあれよとひっくり返していく。そのやり方が、「正義感に燃えて」とか「怒りにうち震えて」とかではなくて、ちょっと毒を聞かせたユーモアで、日本人読者のプライドを傷つけかねない棘をやわらかく包みながら、時には爆笑させ、時にはニヤっと苦笑させながら、すいすいと運んでいくところがニクイほどうまい。

 自分もさまざまな日本の制度や風習の欠点を指摘するときに、つい「欧米では~」とやってしまいたくなることがある。文明開化以来日本民族に刷り込まれた欧米賛美、というか欧米コンプレックスが、敗戦後のアメリカ文化洗脳でさらに拍車をかけられて、心の中に根付いているのだろう。
 自戒、自戒。

 福祉や教育の分野でも今や当たり前のように使われて神棚に奉られている「自立」とか「自己決定」という言葉に対しても、著者は容赦なく刃を向ける。 


「自立している」人など、どこにもいやしません。世界中の誰もが誰かに依存して成り立っているのが現代社会です。他人に迷惑をかけずに生きることなどできません。自立の鬼は、自立という幻想を喰らって太る妖怪です。
 それじゃあ、なにもしなくてもいいのか、とはなりません。依存と努力の両立こそが大切ですが、やっかいなことに、日本人は努力も幻想にしてしまっているのです。「やればできる」と励ます人がその元凶です。やってもできない人のほうが圧倒的に多いというのに、あまりにも無責任なことをいいます。・・・・・・・
 「やればできる」は努力を勧めているようで、じつは暗に結果を求めています。教育者たるもの、そんなウソを教えてはいけません。「できなくていいから、やってみろ。それでダメなら生活保護があるさ」と教えるのが、本物の教育者です。

 すべてのもっともらしいウソをひっくり返した先の処方箋がここにある。
 これこそユーモアとブラックジョークによって覆い隠されたいま一つのもの、著者のやさしさの核であろう。