2009年フランス映画。

 希望の映画学校への入学が決まり、ルンルン気分で(いつの流行語だ!)自転車で走っているところ、目の前を黒猫が横切る。急ブレーキで転倒。ケガした手を洗うためにたまたま入った最寄りの家で、監禁されている瀕死の男を発見。
 結果、ヤニックもまたその家の主人ジャックに捕らわれることになる。
 だから、「他人の家に勝手に入ってはいけない」ってあれほど言ったのに。(聞こえてないか・・・。)

 よくある展開である。
 定石通りならば、この主人はこれまでにすでに何十人も拉致監禁殺害している異常性格者にして残虐な殺人鬼であり、家の地下にはこれまで殺した男や女の死体や骸骨がゴロゴロと塁をなしている。捕らえられた獲物は、必死に逃げだそうとあの手この手を使って奮闘するが、いいところまで行っては捕食者に見つかっておじゃんになる。そのうち、肉体だけでなく精神的にも衰弱し、幻覚が見えたり幻聴が聞こえたり・・・。
 というところであるが、実際まさにその通りに展開するのだから、マンネリズムに通常なら退屈しそうなものである。
 
 定石の退屈さ、凡庸さからこの作品を切り離しているのは、フランスならではの軽妙なエスプリがところどころ効いていて、思わず吹き出すとまではいかないけれど、日本やハリウッドの同種の作品ならば主人公の陥った状況の過酷さにこっちも緊張して固唾を呑んで観てしまうところ、なんだかサンドイッチマンのコントでも聞いているような不条理な笑いに口元が緩むのである。

コント1 
 監禁されたヤニックをジャックが夕食に誘う。一緒に階下に降りていくと、そこにはジャックの妻モードと娘二人がくつろいでいる。絵に書いたようなありきたりの家族の日常風景。隙を見て逃げようとしたヤニックを、ジャックが止めようと殴りつける。それを見たモードのセリフ。
「あなた、子供たちの前ではしない約束よ」

コント2
 2階から飛び降り逃げようとするヤニックを、娘のミッシェルが庭で待ち伏せしていて、バッドでヤニックの足を何度も殴りつける。それを見て怒るジャックのセリフ。
「無用な暴力はいかんと言ったろ。部屋に行ってろ。今夜はテレビはなしだ」

コント3
 翌朝、甲斐甲斐しくヤニックの足の手当てをするジャック。ミシェルを連れてきて、ヤニックに詫びを入れさせる。
「許してくれ。娘に悪気はないんだ」

 と、こんな調子である。
 人を平気で殺す殺人鬼でありながら、妻や娘に尊敬される父親で、平凡なタクシードライバーで、親切なんだか残酷なんだか、異常なんだかまともなんだかよくわからない、というジャックの不条理な性格が、こうした不条理な笑いを生んでいるのであり、ヤニック同様、観ている我々も混乱の極みに置かれる。

 が、この不可解さには理由がある。
 ジャックには、神の命のもと自分が正義を行っているという確固たる信念があり、悪人を見つけ出して退治することを自分の使命と信じているのである。であればこそ、彼には彼なりのルールがある。
「無用な暴力、無用な残酷さは罪である。殺すときは一気にとどめを刺すべし。」
 家族も共有しているこの信仰をのぞけば、あとはまったく普通の家庭なのである。拉致監禁中のジャックがまるで客人であるかのように同じテーブルで夕食をとり、一家団欒し、食後は父と娘はチェスを行い・・・。
 このへんてこなギャップがこの作品の一番の見所であろう。

 チェスの達人であるジャックは、ヤニックに告げる。
 「一回でも私に勝ったら、君は自由だ」
 そうして、二人は毎晩チェスをするようになる。
 負け続けるヤニック。監禁されて他に気を紛らすものがないことも手伝って、ヤニックは次第に勝負にのめり込んでいく。
(絶対にジャックに勝ってやる!)
 しまいに、それは妄執となる。せっかく逃げだす機会をモードがつくってくれたのに、ヤニックはそれを拒絶し、ジャックとの勝敗をつけるために家にとどまる。

 ヤニックがどうしてもジャックに勝ちたいと思うのは、単にチェスの魔力に引き込まれたとか、負けず嫌いであるとか、男の意地とか、ジャックを打ち負かしてジャックの信仰の間違いを正したいとかいうのではなく、ジャックの後ろに自分の支配的な父親の姿を見るからである。ジャックに勝つことは、ヤニックが個人として自立するための通過儀礼なのである。
 なるほどなあ~、やっぱり欧米人のエディプス・コンプレックスって強いんだなあ~。
 
 かくも父親像が確固として強く立ちはだかるのは、キリスト教徒の欧米人は、父親の後ろに「神」を見るからなのだろう。
 近代的自我の確立が神を倒すことから始まったことを思えば、この構造は手に取るようにわかりやすい。
 
 最後のゲームでは、ヤニックがいいところまで行ってジャックを破れるかと思いきや、邪魔が入って結局決着がつかないまま終わってしまう。事件は警察に知られるところとなり、ジャックは捕まり、ヤニックは自由の身となる。
 しかし、精神的にはヤニックはなお捕らえられたままである。
 倒すべき神がいないモラトリアムの牢獄にー。
 
 思ったより深い作品である。



評価: C+


A+ ・・・・・ めったにない傑作。映画好きで良かった。 
        「東京物語」「2001年宇宙の旅」   

A- ・・・・・ 傑作。劇場で見たい。映画好きなら絶対見ておくべき。
        「風と共に去りぬ」「未来世紀ブラジル」「シャイニング」
        「未知との遭遇」「父、帰る」「ベニスに死す」
        「フィールド・オブ・ドリームス」「ザ・セル」
        「スティング」「フライング・ハイ」
        「嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲」「フィアレス」
        ヒッチコックの作品たち

B+ ・・・・・ 良かった~。面白かった~。人に勧めたい。
        「アザーズ」「ポルターガイスト」「コンタクト」
        「ギャラクシークエスト」「白いカラス」
        「アメリカン・ビューティー」「オープン・ユア・アイズ」

B- ・・・・・ 純粋に楽しめる。悪くは無い。
        「グラディエーター」「ハムナプトラ」「マトリックス」 
        「アウトブレイク」「アイデンティティ」「CUBU」
        「ボーイズ・ドント・クライ」
        チャップリンの作品たち   

C+ ・・・・・ 退屈しのぎにちょうどよい。(間違って再度借りなきゃ良いが・・・)
        「アルマゲドン」「ニューシネマパラダイス」
        「アナコンダ」 

C- ・・・・・ もうちょっとなんとかすれば良いのになあ。不満が残る。
        「お葬式」「プラトーン」

D+ ・・・・・ 駄作。ゴミ。見なきゃ良かった。
        「レオン」「パッション」「マディソン郡の橋」「サイン」

D- ・・・・・ 見たのは一生の不覚。金返せ~!!