2006年アメリカ映画。

 国の成熟度というのは、その国で作られた映画の質にもっとも敏感にあらわれるのではないか。
 実際は文学の質なのかもしれないが、小説はほとんど読まないので何とも言えない。
 ただ一般に、映画の方が文学より大衆的=興業的であることが期待されるので、ヒットした映画を見れば、その国の大衆が達している心境のようなものを探ることができる。大衆的ならテレビこそとも思うが、テレビはどの国においても一様に下劣である。
 もっとも、なにを持って「成熟」というかは、意見の分かれるところであるが・・・。

 アメリカ人というのは、基本的に単純でわかりやすい世界観を持っている。一言で言うなら、「二項対立。自分は正しい。」
 善と悪、正義と不正、光と闇、勝者と敗者という二項対立の世界の中で、自分は常に「善であり、正義であり、光の側に組し、勝者である」という根拠なしの確信を持っている。否、持っているだけでは足りない。その確信をバネに、異なる価値観を持つ他の国の人々を教導し、洗脳し、改宗させる使命があると思っている。それに歯向かう敵を攻撃し、支配する権利があると思っている。まことにお目出度い国民である。
 敵と目されるのは、時代によって替わる。インディアンであったり、ソビエトであったり、共産主義者であったり、テロリストであったり、悪の枢軸であったり・・・。それはまるで「自分は正しい」というアイデンティティを保つために、二項対立の相手、つまり敵を必要としているかのようである。
 この国民性の根底にあるのは、むろん、キリスト教であろう。すなわち、神と悪魔、天国と地獄。そして、伝道することを使命とするメシアニズム。

 キリスト教を信仰する国々の中で、なぜアメリカだけがこのように単純な世界観を21世紀まで保ち続け得たのであろうか。
 それはアメリカが対外戦争に負けたことがなく、アメリカ本土が戦場になったことがないことによるのかもしれない。
 喧嘩に負けたことのないお山の大将。

 伝統的にアメリカ映画(ハリウッド映画)もその世界観を反映し、基本的に、明るく、前向きで、単純で、わかりやすい。「ダークサイド」なんて言葉を臆面もなく使っちゃうのは、アメリカ映画だけである。

 1999年公開の『アメリカン・ビューティ』と『マグノリア』を観たとき、「あっ、アメリカ人も変わってきたなあ~」と思った。これまでのアメリカ映画、オスカー作品にはない深さ、複雑さ、苦さが感じられた。これらの作品は、より複雑で神意のはかりがたい世界の様相というものに触れている。そこでは、自分のいる位置こそが世界の中心であるという自信も驕りも錯覚もない。

 2001年の貿易センタービルの倒壊以降、アメリカ国民はブッシュに先導されて、本来の「二項対立。自分は正しい」をほとんど強迫症的執拗さで主張し、聖戦へと突入した。
 ゆくりもなくそれは、大義なき戦いとなり、政治的かけひきとなり、非人道的な侵略に墜したが、がむしゃらな攻撃に傾斜していくアメリカ人の有様を見ていると、本当に恐れているのは敵ではなく、「自分は正しい」というアイデンティティの崩壊なのではないかと思われた。

 一方、映画人たちはより冷静に事態を見つめていた。
 もはや、現代では、二項対立のわかりやすい世界観など無用である。というよりむしろ、それこそが世界にとって有害である。
 『クラッシュ』(2004)、『バベル』(2006)、そして『ダークナイト』(2008)。
 これらの作品は、明らかに伝統的なアメリカ人の世界観に楔を打ち込むものであった。

 『リトル・チルドレン』もまた、この系列に連なる良作である。
 登場人物の誰も、善人でもなく、悪人でもなく、ただ欲と弱さを抱える人間であるに過ぎない。
 そんな大人たちが、なんてことのない日常生活の中で、ふれあい、すれ違い、愛し合い、憎み合い、現実のやりきれなさに懊悩し、ひとときの夢を見る。 
 複数の人物のリアリティのある心理と行動が、お互いの知らぬところで連関し合って、表にあらわれない因果の網を紡いでいく。そして、これ以上なく緊張の高まった最後の瞬間に、その網がつと人々の頭上に降りてきて、それぞれが落ち着くべきところに落ち着いていく。そのカタルシスが心地よい。

 現象を深く見たとき、世界は複雑で多様性に満ちており、遠く離れて見える事象同士の符合、連関、響き合いがもたらす物事のなりゆきは、人の浅はかな思惑をはるかに超越している。それを「神の見えざる手(配剤)」とか「神意はかりがたし」と呟いてもいいのだが、いくつもの系で同時多発的に起こる原因と結果の連鎖の空隙に、不意に訪れる癒しの一瞬を「恩寵」と呼んでもいいのだが、やはり二項対立の一方である神の名は出したくない。

 縁起と因縁、そして慈悲。
 『リトル・チルドレン』で観る者が感得するのは、これである。
 
 


評価: B-


A+ ・・・・・ めったにない傑作。映画好きで良かった。 
        「東京物語」「2001年宇宙の旅」   

A- ・・・・・ 傑作。劇場で見たい。映画好きなら絶対見ておくべき。
        「風と共に去りぬ」「未来世紀ブラジル」「シャイニング」 
        「未知との遭遇」「父、帰る」「ベニスに死す」
        「フィールド・オブ・ドリームス」「ザ・セル」
        「スティング」「フライング・ハイ」
        「嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲」「フィアレス」
        ヒッチコックの作品たち

B+ ・・・・・ 良かった~。面白かった~。人に勧めたい。
        「アザーズ」「ポルターガイスト」「コンタクト」
        「ギャラクシークエスト」「白いカラス」
        「アメリカン・ビューティー」「オープン・ユア・アイズ」

B- ・・・・・ 純粋に楽しめる。悪くは無い。
        「グラディエーター」「ハムナプトラ」「マトリックス」 
        「アウトブレイク」「アイデンティティ」「CUBU」 
        「ボーイズ・ドント・クライ」
        チャップリンの作品たち   

C+ ・・・・・ 退屈しのぎにちょうどよい。(間違って再度借りなきゃ良いが・・・)
        「アルマゲドン」「ニューシネマパラダイス」
        「アナコンダ」 

C- ・・・・・ もうちょっとなんとかすれば良いのになあ。不満が残る。
        「お葬式」「プラトーン」

D+ ・・・・・ 駄作。ゴミ。見なきゃ良かった。
        「レオン」「パッション」「マディソン郡の橋」「サイン」

D- ・・・・・ 見たのは一生の不覚。金返せ~!!